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ルイズにとっての厄日を挙げろと言われたら、まず間違いなくこの日が挙がるだろう。 使い魔召喚で手間取った挙句、召喚できたのはよりによって平民の老人。 図体ばかりがデカいだけで非常に無知で、この偉大なるトリスティン魔法学院すら知らないどころか、魔法の存在さえろくすっぽ知らないと来たものだ。 あまつさえニューヨークだチキュウだなどと、ルイズが知らないような辺境から来たとのたまう。 この世界の何処に月が一つしかない場所があるというのだ。貴族を馬鹿にするにも程がある。 そのくせ随分と聞きたがりで、昼間に召喚してからというもの、日が沈むまであれやこれやと質問ばかりしてくる。 子供でも知っているような事ですら何でも聞いてくるので、ウンザリしたルイズは最後になると質問を全て「うるさいうるさいうるさい!」で全部シカトした。 しかしシカトしてしまえば、平民は大人しく黙り込んで外へ出ていった。 これからあのボケ老人を相手にし続けなければならないのかと思うと、ルイズはほとほと嫌気が差した。 しかもファーストキスまであの老人にくれてやったというのが甚だ不愉快極まりない。 とにもかくも今日は疲れた。 ルイズは寝巻きに着替えてとっとと寝ようとして、「使い魔が帰ってきたら何処で寝るか」を言い含めなければ安心して眠れないということに気付き……再び怒りを膨らませた。 ジョセフにとっての厄日を挙げろと言われたら、まず間違いなくこの日は選外だ。 命懸けの冒険が終わったかと思ったら、突然異世界に召喚されて有無を言わさず使い魔にされるというある意味屈辱的な事態を迎えることになった。 が、究極生物や超常現象との戦いを潜り抜けてきたジョセフにとっては、この程度のアクシデントなど「奇妙な」という冠言葉をつけてやるにも値しない。 むしろ美少女のファーストキスを頂いたのだから十二分に良い日だと断言してもいい、とすらジョセフは考えていた。 ひとまず元の世界に帰還することよりも、この世界でどうやって生活するか。 まずはそこから足場を固めていかなければなるまいと考えたジョセフがとった手段は、「弱者のフリをし通す」ことだった。 その為に図体が大きいだけの無知な老人を装えば、世間知らずの主人は疑うことすらせずそれを信じ込んだ。 中世貴族そのままの思考パターンで動いている人種には、とにかく「自分より立場が下の人間」だと思い込ませれば非常に都合がいい。 油断させてしまえば、後は態度次第で自分の思うがままに相手の心理を誘導させられる。 たった一代でニューヨークの不動産王に成り上がった男の処世術として初歩も初歩。 ひとまず、ルイズへの質問攻めのおかげで現状は大体把握した。 ボケ老人が質問してはおかしい事柄は、部屋から追い出された後でハーミットパープルの念視で把握してしまった。 主人がヒミツにしている宝物の隠し場所もバッチリである。 (後は役に立たんフリさえしとれば、厄介事にも巻き込まれんじゃろ。後は……自分の身体じゃな) ジョセフの波紋では骨折やらの大怪我は治せないとは言え、軽い怪我なら治癒できる。体内を流れるDIOの血も、波紋呼吸を続けていればいずれ浄化することは可能。 ただ一つ、気がかりなことがあるとすれば。 ジョセフは左手の手袋を脱ぎ、義手に刻まれた奇妙な文字……ルーンに視線を集めた。ルイズに言わせるとルイズの使い魔になったという証だということだが、ルーンが刻まれた瞬間から、この鉄の義手は明らかな奇妙さを醸し出す様になっていた。 日常生活に支障がないほど精巧な動作が出来る義手だったが、今では“義手に波紋が留まる”ようになった。 波紋は金属に留まることができず、流したとしても即座に拡散してしまう性質があるにも拘わらずだ。 教師であるU字ハゲのコルベールも「これは珍しいルーンだな。なんだキミは左手だけゴーレムなのか?」との言葉であっさり流したせいで、答えに辿り着くのは随分と後のことになりそうだ。 ひとまず校内の間取りも把握し、周囲の地形もおおよそ理解した。一番身近な自分の身体が一番不審だというのが腑に落ちないが。 部屋を出てきた時と現在の月の位置を確認し、やや時間が経ち過ぎた事に気付くと、ルイズの部屋へと戻る。 扉の前へ来るとノックしてもしもーし。 「遅いッ! どこほっつき歩いてたのよッ!」と返事が来てからドアを開けて部屋へ入る。 「いやァすいません、あんまりにも広いんで道に迷ってしまいましてのォ」 頬をポリポリかきながら事も無げに答える。 「アンタ常識ってモンがないの!? 主人が寝ようかって時に側にいない使い魔なんて聞いたことがないわ!」 それから続け様に八つ当たりめいた罵詈雑言を飛ばすルイズだが、何で怒られているのか判りませんよという顔をしているジョセフに盛大にため息をついて、床に敷かれたボロ毛布を指差した。 「もういいわ、疲れた。あんたはそこで寝なさい。あたしも寝るわ。そうそう、そこに服が置いてあるから洗濯しといてね。朝はちゃんと起こすのよ!」 言いたいことだけ言ってしまって、ルイズは指を鳴らしてランプを消し。そのままベッドに潜り込んだ。 程無くして寝息が聞こえてくるのを確認してから、ジョセフは小さくため息をつき。とりあえず毛布の上に座り込んだ。 (んまァなんじゃ。ホントーに何処から何処まで中世貴族そのまんまじゃのォ。一晩かけて言うコト聞かせるようにしちまってもいいんじゃが) 有体に言えば手篭めにするということである。自信はあるがそれが成功するかは判らない。「勝負というのは始まった時には既に勝てるかどうか決まっているものである」を信条とするジョセフとしては、その考えはまだ非現実的だと判ずるしかない。 失敗するかも知れない手に打って出るほど窮している訳でもない。 それよりも先にやらなければならないことがある。ジョセフは呼吸を整え、波紋を練り始めた。 独特の呼吸音が静かな室内に微かに聞こえるが、ルイズは目を覚ます気配もなく昏々と眠り続けている。 まず波紋を集約させた指を壁につけ、指だけで壁を登り、天井にぶら下がって数十分そのままの体勢を維持する。 降りれば水差しからコップに水を注ぎ、逆さにしたコップから水を落とさずにそのまま維持。 水面に指をつけてコップから水を抜き取れば、プリンのようにコップの形を維持する水をかじる。 波紋を体内に流していれば食事も睡眠も必要がなくなる。これから特権階級であるルイズが自分をどういう扱いをするのかはかなり想像がつく。 (波紋やっとると老化せんからのォ。あんまりやり過ぎるとワシがスージーより年下っぽくなっちまうからあんまやりたくないが。ま、しゃーないしゃーない) ジョセフの脳裏には、ありし日のリサリサの姿が浮かんでいた。 母も結婚してから波紋呼吸を止めた(幾ら何でもずっと年を取り続けないのはおかしいのだが、リサリサは波紋を止めるのにやや未練を残していたようだ)が、それでも大概な若作りを維持していた。 母の再婚相手は、ジョセフはリサリサの弟だと思い込んだまま天寿を全うした。 いつ元の世界に帰る事が出来るかは判らないが、いつか帰る日の為に自分の体を維持し続けなければならない。 エジプトへの旅の間も、自分の老化を嫌と言うほど思い知らされた。 いつ終わるとも知れないハードな日々を潜り抜けるために、この波紋は必要不可欠なのだから。 トレーニングを一通り終えて窓の外を見ると、ほのかに空が白くなりかけてきていた。 ジョセフは脱ぎ散らかされたルイズの服を持って、下へと降りていく。 ハーミットパープルを使えば洗濯道具の在り処もすぐに判るが、勝手に出して使っていては元からここで働いている人間もいい気持ちはしないだろう。 両手で服を抱えながら水場の横で腰を下ろしてのんびりと空を見上げていると、若い黒髪のメイドが一人やってくる。ジョセフは彼女にひらりと手を挙げて、声をかけた。 「おおお嬢さん。すいませんが主人から洗濯を命じられておりましての。すいませんが洗濯道具を貸していただけると有難いんじゃが」 「洗濯道具ですか? 構いませんが……貴方はどなたですか?」 微妙に不審げな顔をする彼女に、ジョセフはニカリと笑って名を名乗る。 「ジョセフ。ジョセフ・ジョースターですじゃ。昨日からミス・ヴァリエールの使い魔となりましての。至らぬ所もあるかと思いますが、宜しくお願いしますじゃ」 ジョセフの自己紹介に、彼女はああ、と合点が行った顔をして手を叩いた。 「ミス・ヴァリエールの! 貴方が噂の平民の使い魔さんでしたか」 「ええ、わしが噂の平民の使い魔ですじゃ。宜しければお嬢さん、お名前などお聞かせ頂ければ嬉しいですがの」 ルイズの前でしていたようなボケ老人のフリではなく、普段通りの明朗快活さで会話を続け。ゆっくりと立ち上がったジョセフの背の高さに、彼女は目を見張った。 「私はシエスタと申します。シエスタとお呼びくだされば結構です」 「おおこれは御丁寧に。ではわしのことはジョセフなりジョジョなりお好きに呼んで下さって結構ですぞ、ミス・シエスタ」 ウィンクもつけて、敬称を付けて彼女の名を呼ぶ。 予想外の呼び方に、ボ、と顔を赤らめて、少しばかりモジモジしながら視線を彷徨わせるシエスタ。 「や、やですわ、そんな貴族の方々にするような呼び方なんて照れてしまいます。そんなこと言われたら、私もミスタ・ジョセフとお呼びしなければ……」 「はははは、それは失敬。他人行儀な呼び方をしてしまいましたかの。ではこれからはシエスタ、と呼ぶことにしますわい。シエスタも気楽にわしの名を呼んでもらえれば結構」 「でしたら……ジョセフさん、とお呼びいたします。年上の方ですし」 まだ赤みの消えうせないまま、そうですよね? と言いたげな顔でジョセフを見上げるシエスタ。 「ではそう呼んで下されば光栄ですじゃ。おっと、あまり立ち話で時間を取らせてしまってはいけませんな。ワシも主人の服を洗濯せねばなりませんでな」 「あ、すいません! ではこちらに……」 シエスタに道具置き場へ案内される間も、終始楽しげに会話を続けるジョセフ。 今正にこの時こそが、アメリカニューヨーク仕込の人心掌握術がトリスティン魔法学院で炸裂した、最初の瞬間であった。 To Be Contined → 戻る
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レコン・キスタの奇襲により開始されたタルブでの会戦は、二日も経たず終わりを迎えた。 トリステイン王国王女アンリエッタ・ド・トリステインと、アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーの手によるオクタゴンスペルにより、アルビオン軍は艦隊及び地上軍の大半を喪失。 竜巻の直撃と、竜巻に巻き込まれた艦隊の直撃を受ける事無く、幸運にも辛うじて生き残った兵達は、始祖の子孫達の恐るべき魔力を目の当たりにした為にそのほぼ全てが投降、もしくは逃走を図った。 タルブ平原に駆け付けたトリステイン軍は、逃走したアルビオン兵の捕縛に杖を振るう事となった。 その顛末を、ルイズは知らない。 タルブ平原に艦隊を突き立てた竜巻の後に発生した、まるで太陽が地表に生まれたかの様な光球を生み出した張本人である彼女は、ジョセフが操っていたゼロ戦が空に見えなくなったのを見届けた後、身体の底から湧き上がる激情に押され戦場を後にしていた。 自分が伝説の虚無の担い手である事も、敬愛するアンリエッタを救えた事も、今のルイズには何の価値とてなかった。 ――失った。無くしてしまった。 自分の手で、使い魔を、ジョセフ・ジョースターを帰してしまった。 もう二度と会う事が出来ない。 別れを交わす事も出来ず、感謝を述べる事も出来ず。 あんな『ひこうき』で来なくてもいい戦場までやってきて、最後の最後まで関らなくてもいい危険に関ってきた恩人に、何も自分は報いてやれなかった。 鞍の上でルイズは、人目がないのをいい事にひたすら泣きじゃくっていた。 涙が枯れ果てても、喉が嗄れ果てても、それでも悲しみは涸れなかった。 日が落ち、二つの月と無数の星だけが照らす夜道を一人、ただ馬を進ませ、悲しみに暮れる以外ルイズは何もしなかった。 魔法学院に帰り着いたのは、東の空が僅かに白み始めた頃。寝ぼけ眼を擦りながら出てきた馬子の前で馬から下りた後は、幽霊の様なおぼつかない足取りで寮へと向かうしかない。 鉛の様に重い身体を強引に引っ張り上げる様な気持ちのまま、やっと辿り着いた何日ぶりかの自室のドアの前で、ドアノブに手を伸ばそうとし、ノブを握ろうとし、扉を開けるまでの段階でそれぞれ重大な決意を経過した後、ドアを軋ませながら開いた。 双月の光だけが部屋を照らす中、つい数ヶ月前までそうだった部屋を見れば、また悲しみが膨れ上がる様に込み上げてくる。 ジョセフがいない。ジョセフがいない。もう、帰ってこない―― サモン・サーヴァントで図体のでかい老人を召喚してしまった時の失望から、掛け替えの無い存在になるまで、本当にあっと言う間だった。 使い魔はメイジの半身だ、と言う言葉の意味を、ルイズはひたすらに痛感していた。 「う……うあっ、ううぅ……」 もう泣きたくなんて無いのに、体の中から嗚咽が昇ってくる。 ベッドに突っ伏し、布団を被り、枕を抱き締めて泣きじゃくろうとベッドに向かう直前に、机の上に残されたジョセフの帽子が目に入る。 それと同時に、帽子の下に置かれた便箋が目に入ったのは、ほんの偶然だった。 「……手紙……?」 ぐす、と鼻を啜りつつ、ジョセフが残して行ったのが明白な手紙を今読もうとする気になれたのは、馬の上で十分に泣いていたからだろう。 帽子を摘み、きゅ、と両腕で抱いてから、便箋を手に取る。 「…………?」 内容自体はすぐに読み終わる。 しかし、意味が判らない。 文法が支離滅裂だとか、字が汚くて解読不能だからではない。 走り書きで書かれた文面は、これだけだった。 【ルイズへ。わしが元の世界に帰ってから15日後、もう一度サモン・サーヴァントを行え。出来れば広い場所で。コッパゲと、ジェットに選ばれた友人達も立ち合わせとけ】 「ん、んんんん……?」 今の今まで悲しみばかりに支配されていたのも、どこかへ消え失せてしまった。 ジョセフが何を意図してこの最後の手紙を書いたのかが、全く判らなかったからだ。 一度使い魔になった動物は、死ぬまで使い魔のままだ。 使い魔がいるメイジがサモン・サーヴァントを唱えても、ゲートが開く事は決してない。ゲートが開く場合は、使い魔が死んでいなければならない、が。 「……ジョセフが自殺するとか、有り得ないし」 誰に聞かせる訳でもなくそう呟くと、ベッドに腰掛けて眉間に皺を寄せる。 ルイズには確信があった。 ジョセフ・ジョースターは、そんなつまらない事で死んだりしない。 いくら可愛がっている主人の為とは言え、新しい使い魔を呼び出させる為に自分で死を選ぶ人間ではない。 では、自分は死なずに向こうの世界で生きているとこちらに知らせる為? 「……だったら、15日後でなくていいじゃない」 そう、意味が判らないのはわざわざ15日後と指定している事。 自分の生存表明をさせる様なイヤミをするはずがないのも、ルイズは十分に承知している。 では、一体この別れの挨拶が意味しているものは何なのか。 そして、自分一人ではなく、友人達も立ち会わせる理由は何か。 意味の判らない事をするとしても、意味の無い事をジョセフはするだろうか? 「…………この手紙を書いたのは……、この部屋を出て行く前よね」 急いで部屋を後にしなければならない状況の中、これだけの文章を残せれば自分の目的を果たせるとジョセフは判断したと言う事だ。 「…………判らない、判らないわ」 この手紙を残す意図が判らない。 別れの挨拶にしては、余りに情緒がない。最後のメッセージとしては、余りに意味が判らない。 ルイズは手紙の意味を考えるのを放棄した証拠として、背中からベッドに倒れ込んだ。 生まれて初めて自分の系統に基づいた正しい魔法を行使した身体は、ルイズが考えているよりも強烈な疲労を蓄積させていた。 そのまま深い眠りに落ちた結果、ルイズがもう一度目覚めた時には夜闇の中で月が煌々と輝いており、丸一日完全に眠りの中で過ごしたと気付くのにもう少しばかりの時間を要する事になったのは、また別の話である。 ☆ ――ジョセフが日食の輪を潜り抜けてから、15日後の昼。 あの日サモン・サーヴァントでジョセフを召喚したアウストリの広場に集まったのは、ルイズとコルベール、そしてジェットに選ばれたキュルケ、タバサ、ギーシュの合わせて五人。 ウェールズ本人は今となってはアルビオン亡命政府の長、つまりはアルビオン王国の王となっている。 共に手を携え、アルビオン軍をウェールズとアンリエッタの二人で撃破した華々しい物語は、トリステインのみならず近隣諸国にも轟き渡った。 アンリエッタ王女の政略結婚は土壇場で解消し、改めてトリステイン、ゲルマニアの軍事同盟にアルビオン王国が加盟する事がつい先日決定した所である。 トリステインはほぼ壊滅したアルビオン神聖帝国の数少ない残存兵を取り込んで、現在はアルビオン大陸の簒奪者達を如何に仕留めるか、そして気が早い者はアルビオン大陸を如何に切り分けるかを話し合っている真っ最中。 晴れて王冠を戴き、トリステインの新たな女王となったアンリエッタは、最愛のウェールズ国王との婚姻の儀を挙げる為、多忙な日々を過ごしているのだった。 「しかし、僕もジョジョが残した手紙の意味がついぞ判らなかったな。何にせよ、ルイズがサモン・サーヴァントを行えばその意味も判るんだろうけれど」 穴の中から頭と両前足を出しているヴェルダンデを抱き締めたまま頬擦りしながら、ギーシュが今日集められた全員の気持ちを代弁する。 ジョセフが指定した面々に手紙を読ませてみても、ジョセフが意図しているであろう目的を考え付いた者はいなかったのである。 「まあ、後はちゃあんとルイズがサモン・サーヴァントを成功させるって言う最大の難関が待ち構えているんだけど。大丈夫、ラ・ヴァリエール?」 相変わらず、ルイズを小馬鹿にした笑いにも、ルイズはふんと鼻を鳴らして答えた。 「御心配痛み入るわ、ツェルプストー。これでもコモン・マジックは成功する様になったのよ。いつまでもゼロだとか言われてるだけの私じゃあないって事よ」 いつも通りの口喧嘩が始まるのは華麗に無視し、タバサは地面に座ったまま読書を続けていた。 虚無の系統に目覚めてから、正しい魔力の使い方を身体が理解したのか、初歩的な魔法を使うのに不自由は無くなった。四大系統の魔法は何一つ使えないにせよ、ルイズにとっては大きな進歩だった。 とは言え、虚無の担い手である事はアンリエッタにも話していない。 伝説の系統に目覚めた事を自慢して回る気には、どうしてもなれなかったのだ。 ゼロのルイズで無くなった喜びは確かにあるが、ジョセフとの別れを引き摺ってしまっている事が何より大きく、それに加えて手紙の謎が気になっているのもあった。 あの日から何度も何度も読み返した手紙をポケットから取り出すと、もう一度文面を読み返してみる。当然意味は判らない……が。 (……今になったら、この手紙は本当に助かったわ。もっと意味が判る手紙だとしたら……まだ部屋で泣いてたかもしれないもの) 主人が泣き腫らして部屋に帰って来る事を考えて、ジョセフはこの手紙を書いたのだろうか。 だとすれば、随分と気配りが行き届いていると言うか、全てお見通しと言うか。 スカートのポケットの中に入れている手紙を、愛しげに指先でもう一度触れてから、進級試験の日と同じ面持ちで立っているコルベールに、ルイズは静かに視線を向けた。 「準備はいいかね、ミス・ヴァリエール」 コルベールの問い掛けに、ルイズはしっかり頷く。 ルイズの一連の仕草を見つめ、コルベールは知らず微笑を浮かべていた。 あの進級試験の日とは、ルイズの態度は比べ物にならないほど堂々としたものだった。 ゼロのルイズと馬鹿にされ、劣等感の塊だった少女はもういない。 ここに立っているのは、貴族と呼ばれるに相応しい立派なメイジの一人だった。 (ジョースター君。君がミス・ヴァリエールの使い魔で、本当に良かった。たった二ヶ月足らずの時間を分けてもらったお陰で、彼女は救われる事が出来たのだから――) 日食の輪の向こうへ去った友人に、心の中で礼を述べる。 そして教師としての眼差しで、ルイズを見やる。 「では、ミス・ヴァリエール。サモン・サーヴァントを」 「はい」 すう、と一つ息を吸い、ゆっくりと吐き出す。 ジョセフがいつも行っていた波紋の呼吸の様に、大きく長い深呼吸。 そして愛用の杖を掲げると、朗々と召喚の呪文を唱えていく。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 呪文の完成と同時に、勢い良く杖を振り下ろす。 次の瞬間――白く光る鏡の様なゲートが、完成した。 誰かが息を呑んだ音が、無闇に大きく聞こえた。 契約した使い魔が生きている場合、ゲートは開かれない。 ゲートが開かれていると言う事は、つまりジョセフは死んだと言う事実を厳然と示すものだった。 サモン・サーヴァントのルールを知らない者は、ここにはいない。 「ル……ルイズ!」 ゲートを閉じるんだ、と続けようとしたギーシュの言葉が、思わず飲み込まれた。 ルイズは、ゲートから目を背けていなかった。 そこには、“信頼”があった。 盲目的でも依存でもなく、ジョセフ・ジョースターと言う人間を信じる輝かしさ。 ゲートから照らされる光だけではなく、ルイズの立つ姿そのものから光が発せられている様な、そんな錯覚さえギーシュは感じてしまった。 ゲートが開かれてから、ほんの数秒。しかし、これから何が起こるのかを固唾を呑んで見守る全員には、とんでもなく長い時間が経過した様に思われたその時―― 「ゲートの前からどいとけッ! デカいのが行くぞォーーーーッ!!」 聞き間違えようが無い。 ゲートの向こうから聞こえた叫び声は、ジョセフの声だった。 そして次の瞬間、メイジ達は信じられない光景を目の当たりにする事になる。 爆発にも似た轟音が断続的にゲートの向こうから聞こえ、ゲートが奇妙に大きく引き伸ばされたかと思うと、見た事の無い“何か”がゲートの中から現れてくる。 タバサが杖を一振りし、風のロープでルイズを掴んでゲートの前から引き離した。 ゲートを潜り抜けて来たのはピカピカと鮮やかな紫に輝く、巨大な物体。その大きさと言えば、まるでちょっとした建物並。そんな物体がスムーズにゲートを潜り抜けてくる。 紫色の部分が出終わったかと思えば、その後ろからは紫の物体に負けず劣らず巨大な、銀色の長方形。紫と銀の物体には、人の背丈程もある黒々とした車輪が幾つも連なっており、巨大な物体達には似つかわしくないスムーズな前進を可能としていた。 一つの長方形が出終わったかと思えば、その長方形に繋がってまた同じ形の長方形が出てくる。そして合計三つの銀の長方形が出終わると、召喚を終えたゲートは閉じてしまった。 「な、な、な……」 生徒達を見守り指導するコルベールでさえ、想像を絶する召喚に意味のある言葉が出ない。 年若い少年少女達に至っては、度肝を抜かれたと言う言葉そのものの表情で、ただ出てきた物体を見上げる事しか出来なかった。 それはアメリカントラックと呼ばれる、アメリカの緩い規制の産物とも言える巨大トラック。日本では「コンボイ」と呼ばれる事が多く、ロボットにトランスフォームするトラックとして有名な、トラックであった。 だがしかし、ここにいる全員はそんな名前など知る由も無い。 「……ぅぉーぃ」 鳴り止まないエンジン音の中、微かに聞こえる呼び声に気付いたのは、風のメイジであるタバサだった。 召喚されたコンボイの先頭、紫の物体の中からその声は聞こえてくる。 よく見てみれば、紫の物体の正面上側には巨大なガラス窓がはめ込まれており、横側には数段の階段が取り付けられたドアが付いている様だった。 タバサは短い呪文を一言唱えると、ガラス窓の高さまで浮き上がって中の様子を窺った。 ガラス窓の向こうには黒光りする座席があり、その上にはジョセフが腰に佩いていた大剣、デルフリンガーが鞘から半ば抜かれて横たわっていた。 宙に浮いて自分を見つめるタバサに気付いたデルフリンガーは、かちかち柄を鳴らす。 「おお、久し振りだな。とりあえず横のドア開けてくれっか、うるさくて仕方ねぇだろ」 タバサはこくりと頷くと、そのままドアに連なるステップに着地し、ドアノブだと思われる凹みに指を掛けてドアを開いた。 「んじゃあ、そこに鍵が掛かってるだろ。それを捻ったらエンジンが止まる」 その言葉に視線を巡らせると、確かに穴に刺さった鍵がある。華奢な手を伸ばし、鍵を捻ると鳴り響き続けていたエンジン音がゆっくり途絶えて行った。 「さぁてと、だ。元の世界に帰った相棒からお前らに手紙とプレゼントを言付かってるんでな。いいモンばっかりだぜ、俺っちがありもしない腰抜かすくらいにな」 くく、とデルフリンガーが笑う。 タバサは軽口に笑う事もなかったが、興味深そうに青い瞳を剣に向けた。 剣の横には手紙の束が置かれており、その一番上に置かれた封筒には『わしの親愛なる友人達へ』と書かれているのが見えた。 「一番上の手紙は全員で読んでほしいってよ。それぞれの手紙は別に書いてあるぜ」 タバサは無言で手紙の束を手に取り、今までに触った事のないつるつるした手触りの紙に一瞬だけ視線を留まらせてから、自分とデルフリンガーに風を纏わせて運転席から地面へと降りる。 手に持った手紙の束から一番上の封筒を取り出し、ルイズへ向けて静かに差し出した。 「……この手紙は、あなたの使い魔が書いたもの。なら、あなたが語って読むのが筋」 「――そうね」 差し出された手紙を受け取ると封筒を破り、中に入っていた数枚の便箋を取り出す。 便箋に書き連ねられた文章は、確かにジョセフが書いたそれ。 文面に視線を寄り添わせながら、内容をゆっくりと語り始める。 『この手紙がお前達に届いたと言う事は、わしの計画は全て上手く行ったと言う事だ。――ろくに別れの挨拶も出来なかったが、手紙で済ませる不義理を許してほしい』 ルイズの声で紡がれるジョセフの口調に、その場にいる全員がしっかりと耳を傾け。ルイズも時折息継ぎを挟みながら、使い魔からの最後の手紙を読み上げていく。 『そうそう、もし心配しているのならわしは無事に元の世界に戻り、お前達が手紙を読んでいる今も元気にピンピンしとるので心配せんでいい。わしからの手紙とプレゼントを贈る為、そしてルイズに使い魔を返す為にわしは考えた』 そこまで読んでから、不意にルイズの眉根が寄る。数度同じ箇所を読み返し、んん、と疑問めいた声を上げるルイズに、続きを待ち兼ねたギーシュが怪訝げに問いかけた。 「どうしたんだねルイズ。文章の綴りが間違ってるのかい?」 何度も同じ場所で視線を行ったり来たりさせているルイズに全員の視線が集まった所で、ルイズは文章の理解を諦めた。 「…………ねえ、私には理解が及ばないわ。誰か私の代わりに理解してくれないかしら」 そう言うと、その問題の箇所を指で示しながら全員に便箋を見せた。 文面を読んだ全員の視線が、ルイズと同じ様に何度も往復する動きを見せる間、余り表情を変化させない事に定評のあるタバサでさえ、その端正な顔に紛う事のない疑問を浮かべている。 他のメンバーに至っては、これ以上ないくらいに「理解不能」と顔全体で語っていた。 そこには、こう書かれていたのだった。 『……メイジと使い魔は一心同体、どちらかが死ぬまで使い魔の契約が切れる事はない。つまりルイズとの契約を破棄する為には、わしが一度死に、もう一度蘇生しちまえばいいと考えた――』 「……ん、んんん?」 何度も文章を読み返す中、必死に理解しようとする誰かかの吐息めいた声が知らず漏れるのを咎めたりする者もおらず、次の文章は更にメイジ達の理解を拒んでいた。 『どうせそっちに行くほんのちょっと前には、わしの爺さんの身体を乗っ取った吸血鬼に全身の血を抜かれて四分ほど心臓が止まった後に、吸血鬼の死体から取り返した血をもう一度身体に入れてから、心臓を無理矢理動かして蘇生した事もある。 たかだか一分くらい心臓止めただけで、わしが死んだとルーンが判断した時には少々拍子抜けもした』 さして長くもない文章が、大量の奇妙を内包している。 長い沈黙を経た後、意を決して口を開いたのはギーシュだった。 「……ここで一番僕達がすんなり納得できるとすれば、ジョセフが大分とホラを上乗せしているんだと考えるのが自然だと思うんだが、みんなはどう思う」 今まで培ってきた常識が根底から置いてきぼりにされた中、キュルケが辛うじて言葉を絞り出す。 「……そもそも吸血鬼に全身の血を抜かれて、取り戻した血をもう一度身体に入れて、心臓をもう一度動かして蘇った、って一連の言葉の意味が全く判らないわ。今までそんな言葉聞いた事ないもの」 ハルケギニアで初めて紡がれた言葉は、全員の脳裏に共通の疑問を生み出した。 ルイズは全員を代表するつもりもなく、生まれたばかりの疑問を口にした。 「……ジョセフの世界って一体どんな世界なのかしら」 『ひこうき』もそうだが、まるで想像も出来ない様な世界である事は疑い様もない。 ルイズは一つ小さく息を吐くと、考えても判らないジョセフの世界について考えるのを一旦放棄した。 「ほら、手紙の続きに戻るわよ。これ以上考えても多分判らないもの」 その言葉に、それもそうだと区切りを付けた全員に向けて、ルイズは朗読を再開した。 『が、それ以上に、これでルイズに残した手紙に書いた約束を守れる安心の方が大きかったのはマジなとこじゃ……』 「って何よこれ。いきなり砕けて来たわね」 「ここまで真面目な文体で書いてきたけど、そろそろ飽き始めてきてるのが目に見える様だわ」 「ジョジョにしちゃ大分もった方だと僕は思うなぁ」 口さがない部類の友人達の寸評を受けながらも、文面は唐突に終わりを迎えていた。 『そこで無事に帰れた記念に、わしの可愛いご主人様と掛け替えない友人達にささやかなプレゼントを用意した。それぞれに向けた手紙にわしからのメッセージと目録を書いてあるから、ケンカせずに仲良く分け合ってくれ』 ルイズがそこまで読み終えると、全員の目はコンテナへと向けられたのだった。 ☆ 『コルベールセンセへ。 センセへのプレゼントは、トラックとトラックの設計図。それからゼロ戦を一機用立てようかとも思ったんじゃが、流石にムリじゃった。わしの世界じゃ五十年前の骨董品で、残存数もほとんど無かったモンですまん。 代わりに、新品のセスナと設計図、ゼロ戦のエンジンのレプリカを用意した。二番目のコンテナに積んであるから、好きなだけ研究してくれ。いずれそっちでも飛行機が飛ぶのを期待しておるよ』 コルベールの研究室の横に、新たな掘っ立て小屋が建築された。 その中には固定化の魔法を施されたセスナが堂々と鎮座しており、コルベールが今までに見た事もない素材で作られた座席が彼の最高の居場所になっていた。 ジョセフからの贈り物であるセスナの設計図と、何度も分解しては組み立てて構造を把握したエンジンを見比べながら、もう二度と会えない友へ言葉を向けるのは最早日課となっていた。 「なあ、ミスタ・ジョースター。君の贈り物は決して無駄にはしないぞ。魔法に頼らず、誰にでも仕える立派な技術を開発してみせる。それが君に出来る、私からの返礼になるだろう……」 そしてコルベールは羊皮紙に向き直る。 自分自身で作り上げる新たなエンジンの開発の為に。 ――ジャン・コルベールはジョセフから送られたセスナとエンジンを研究し、パトロンの協力を得て飛空船オストラント号を開発。後年、ハルケギニアで初めて作られた飛行機での飛行に成功する。 『ギーシュへ。 お前へのプレゼントの一つ目は、わしの世界で流通しとる金属だ。名前はアルミニウム、軽くて丈夫で加工し易いのが取り柄だが、精製するのにえっれえエネルギーを必要とするのが玉に瑕ってトコロじゃな。 二つ目はアルミニウムの原料になるボーキサイト。熱帯雨林や熱帯雨林があった土地辺りによく鉱床があるらしい。コイツの粉末を吸い過ぎると肺をやられて四年くらいで死ぬから、取りに行く時はマスクをちゃんと付けておけよ。 三つ目がアルミニウムから作ったジュラルミン、四つ目がジュラルミンを更に強化した超ジュラルミン、五つ目が超ジュラルミンを更に強化した超々ジュラルミンじゃ。 コンテナもこの超々ジュラルミンで作られておる。お前も軽いだけの男でなく、軽いくせに使い勝手のいいアルミニウムの様な男になれよ』 一旦そこで文章は締められていたが、便箋とは別に小さな紙片に走り書きされた追伸も添えられていた。 『あ、そうそう。浮気とかマジやめとけ。甘く見とると命落としかねんぞ』 ギーシュに贈られたのは、未知の金属のインゴットと、その原料になる原石。それと何やら、切羽詰った忠告。 時折親愛なる友人からの手紙を読み返す度、ちょっとした苦笑は抑えられない。 「なんだい、破天荒な英雄にしちゃ随分と至らない所があるじゃないか」 たった二ヶ月の付き合いで、一生忘れられないインパクトを残して去って行った親友。 故郷に帰った時に、きっと修羅場か何かあったのだろう。アルヴィーズ大食堂での一悶着など比べ物にならないような、本物の修羅場が。そうでなければ、わざわざ本文とは別の追伸を書いて渡すはずがない。 後先考えず、昨日今日出会った友人を守る為に未知の敵との戦いを恐れない男でも、ちょっとした欠点がある。 ギーシュが様々な壁にぶち当たり心が折れそうな時、手紙を読み返してジョセフと愉快な友人達との騒々しい日々を思い起こし、心の支えとする。 あの騒々しい年甲斐のない友人と別れてから、もう十年以上になる。 最後の追伸を自分の胸の中だけに秘めておいたのは、親友への情けであった。 「きっと君は元気にやってるんだろう。僕もそれなりに元気にやってるし、モンモランシーも泣かせたりはあんまりしてない。長生きしたまえよ、ジョジョ」 もう二度と会う事のない親友に思いを馳せながら、手紙を左の胸ポケットへと仕舞った。 ――ギーシュ・ド・グラモンはグラモン家の四男として様々な戦功を挙げると共に、新種の金属『グラモニウム』の発見、開発に成功する。後に「グラモニウム」の二つ名を名乗り、愛妻との間に数人の子を生し立派な軍人となる。 『タバサへ。 お前へのプレゼントは、わしの世界で一番旨い牛一頭分の肉と、その牛の番いじゃ。 既に食える処理はしてあるから、マルトーに料理してもらえ。それと食べる時にはミスタ・オスマンにもお裾分けするといい。もしあんまりお気に召さんかったら、番いも潰して適当に食べてしまえばいい。 じゃが、食べた後にタバサはこう言うじゃろう』 「――私が今まで食べていたのは、サンダルの底だった」 手紙の最後に書かれていた言葉を読んだ上で、改めて口にしなければならないほど旨い牛。 ただ切って焼いただけのシンプルなステーキだと言うのに、熟れた果実を切る様にナイフが通り、噛めば噛むほど上質な脂が口一杯に迸る肉。 これに比べれば今まで食べていた“牛肉”など、サンダルの底でしかない。 「こいつぁすげえ……。俺達料理人の仕事は、そのままじゃ食べられない材料に手を掛けて食べられる様にするのと、より旨い飯に仕立てる事だ。まさか、材料の時点から手を掛けるだなんて、その発想自体が目から鱗ってヤツでさぁ……。 この牛があれば、ハルケギニア中の料理が全部引っくり返るのは言うまでもありませんや」 実際にこの牛肉を調理したマルトーが、同席しているオスマンに感嘆を惜しまない声を掛ける。 オスマンに出されたステーキがタバサのより明らかに小さいのは、三桁以上の年齢を重ねた老人が食べるにはパンチがあり過ぎると言う配慮ではあったが、オスマンは構わずぺろりとステーキを平らげていた。 「確かに旨い。わしも長く生きてきたが、こんなステーキは食べた事がない。しかし……これだけの牛を育てるのには、それに見合った手間がかかるようじゃな?」 口ひげに付いた肉汁をナプキンで拭きながら問い掛ける言葉に、タバサが小さく頷いた。 「――手紙に同封されていた手引書に寄れば、トウモロコシを食べさせ、ビールを飲ませ、毎日全身を決まった工程で刺激する。なおストレスを与えない為に、音楽を聞かせる、と書いてある」 淡々と告げられる言葉に、マルトーがカーッ、と声を漏らして顔に手を当てた。 「ちぇっ、いずれ潰されて食われる牛だってのに、まるでお貴族様の様な生活じゃねえですかい。いや、これだけの肉になるにゃそれだけの手間を掛けなくちゃならねえってことなんでしょうがね」 「ハルケギニアにいる牛も、それなりの味にする為の方法も提示されている。彼がもたらした牛には劣るだろうが、それでもこれまでに比べれば、きっと革命を起こすのは確実」 二人の言葉に鷹揚に頷くと、オスマンは料理長に視線をやった。 「まあとりあえず、今度はもっと分厚いレアで焼いてもらおうかの。わしはまだまだ長生きするつもりなのに、これだけ旨い肉を食う機会を無くしてしまうのは、余りに惜しい」 愉快げな笑みを浮かべるオスマンに、マルトーは満面の笑みで答えた。 「承知しました、そちらのお嬢さんもで?」 「次はこの牛の内臓が食べてみたい。適当な所を見繕って出してほしい」 表情を変えないまま、貴族が口にしない下手物を所望する小柄な少女にマルトーは恭しく一礼すると、厨房へと戻って腕によりを掛ける事にした。 ――タバサは後に、オスマンとの共同研究により動物や植物の品種改良技術の基礎を確立する。その中で『黄金より貴重』とまで言われる最高級牛の繁殖に成功した。 なお余談ではあるが、使い魔である竜へ事ある毎に最高級牛の品種名である「コービー」の名を付けようとして必死に拒否されるのは、タバサをよく知る者なら全員知っている奇癖であった。 『キュルケへ。 わしがお前にプレゼントするのは、わしの世界での最新ファッションのカタログとヘアカタログを一揃えじゃ。普段使い用の他に、お前の実家の宝物庫に収める分もワンセット用意しておいた。 前にシエスタを助ける為に譲ってもらった家宝の本の代わりと言う事で、勘弁してほしい。 ルイズの家と長年の恩讐があるのは知ってるし、国境を隔てたお隣同士っつーのは非常に仲が悪いのもよく知っちゃおる。知っちゃおるが、それでもやっぱりルイズは可愛いわしの孫なんでな。仲良くしてくれとまでは言わんが、お手柔らかに頼む。 お前はとても魅力的だし、自分がそうだと言う事もよく知っているだろう。 それならトリステインの小さな領土を取りに行くよりも、ゲルマニアの広大な領土を取りに行った方がずっと効率的だろうとわしは思ったりするが。 まあ、わしの贈り物がちょっとでも役に立ちゃ幸いじゃ』 「ダーリンの世界はすごいわねえ。もう何て言うか、あたし一人じゃ一生かかっても全部のドレスを試せそうにないもの」 かつてジョセフに請われて渡した、たった一冊の薄っぺらい「召喚されし書物」の代償としては、その重さも内容も比較するまでもない。 まるでその瞬間を切り取った様に克明な絵と、指さえ切れてしまいそうに薄い紙。この本だけでも好事家に売れば城でも買える金貨が手に入るだろう。 しかしキュルケにとっては、このカタログは何物にも勝る贈り物である。国一つと引き換えと言われれば交換を考えないでもないレベルの価値が其処にあった。 しかしハルケギニアでは想像もしないくらいに多種多様なデザインのドレスやヘアスタイルは、キュルケには似合わないものも多くある。 そこでキュルケが目を付けたのは、彼女の親愛なる友人であるタバサやルイズである。 キュルケとは種類の異なる美少女である二人は、キュルケの審美眼に拠って魅力的に着飾らされる羽目になり、圧倒的多数の男子と少数の女子からの恋文攻勢に立たされる破目にもなった。 そんな中でも特に彼女の目を引いたのは、「ブラジャー」と呼ばれる胸当てだった。 この下着は乳房を支えるのが主目的だが、デザインを工夫すればただでさえ大変な胸元がより大変になる事に気付いたその時、キュルケの野望は具現化したと言っても過言ではなかった。 今までも大きく広げていた制服の胸元がより大きく広げられ、これまでより更に深まった胸の谷間を彩る真紅の胸当ては、学院の男達の視線を以前とは比べ物にならないレベルで集めたのは言うまでもない。 学院を卒業するまでに流した浮名の数は、長い学院の歴史でも長く語り継がれる事になるのだが、それはキュルケと言う稀代の美女を語る上では序章でしかなかった。 ――キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、火の魔法と彼女自身の美貌を存分に駆使し、後に故郷ゲルマニアの女王として君臨する。 特定の配偶者を持たず、数多くの愛人と恋人を終生侍らせ続けた彼女は“処女王”の二つ名で呼ばれる事となる。 『わしの可愛いルイズへ。 この手紙を読んでいると言う事は、お前は魔法をきちんと使える一人前のメイジになったと言う事だろう。まーそーでなくとも、一度はわしを召喚しているのだから、もう一度くらいは召喚に成功してもバチは当たらんはずじゃ。 こんな形で別れる事になったのに心残りがないと言えば、嘘になる。お前に直接別れを告げられなかったし、お前が困っていても24時間以内に駆け付けてやれないのはとても辛いが、それは言っても詮無き事じゃから、な。 わしがたまたまお前の使い魔になった事も、短い間でさよならを言わなくちゃならなかった事も、それはきっとそうなるべくしてなった事なんじゃろう。だからもう、わしの事は気にするな。 わしはわしの世界で生きていかなければならんし、お前はお前の世界で生きていかなければならん。だから、もうわしらの手から離れた事をずーっと書き連ねても意味がない。 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールはわしと言う使い魔を失ったかも知れん。しかし、わしといた二ヶ月でルイズが手に入れた物はそれ以上に沢山ある。今のお前には良き友人も教師も間違いなくいる。お前が何と言おうとな。 それは間違いなく、これからのお前にとってとてもとても大切な事じゃ。 わしも長い事生きてきたから、無二の親友を戦いで失いもしたし、わしを育ててくれたエリナおばあちゃんやスピードワゴンを見送りもした。しかし、それ以上にわしはもっと沢山の大切な物を手に入れてきた。 もしわしが大切な者を亡くした悲しみに捕らわれ続けていれば、お前と出会う二ヶ月も無かっただろう。お前達との二ヶ月間は本当に色んな事があった。じゃが、本当に楽しい二ヶ月だった。 異世界で出会った掛替えの無い友人達を、わしは死ぬまで忘れる事は無いじゃろう。 これからお前の行く道には色々と厄介事があるかもしれんが、今のお前は一人じゃあない。 お前は友を助け、友にお前を助けてもらえ。 最後になったが、わしがお前にしてやれる最後の贈り物を用意した。 わしの代わりに、お前の使い魔になる様な動物はどんなのがいいのか一生懸命考えた。ドラゴンやらグリフォンやらが実在する世界で、果たしてわしの用意できる程度の動物でいいのかと思ったが、まあカエルとかネズミとかの使い魔の方が一般的みたいじゃし別によかろう。 何はともあれ、これからのお前が幸せである様に祈っておる。 わしもお前に心配されん程度に、幸せにやっていくからな。 ルイズを愛するジョセフ・ジョースターより』 机に向かって羊皮紙にペンを走らせているルイズの耳に、ノックの音が聞こえた。 「開いているわ」 ペンは止めず、ドアに視線を向ける事も無く短く答える。 「失礼致します」 短い挨拶と共にドアを開けて入ってきたのは、シエスタだった。 手にはティーセットを乗せたトレイを持ってきており、ルイズの指示を受ける前に手馴れた様子でテーブルの上に茶の用意を済ませていく。 二人きりの部屋の中、さして互いに言葉を交わすでもなく、ペンが走る音とティーセットが微かに音を立てるだけの静寂の中、カップに注がれた茶が緩やかに湯気を立て出した頃にシエスタはルイズの背に向けて声を掛けた。 「ミス・ヴァリエール。お茶の用意が整いました」 「そう。じゃあ頂こうかしら」 ペン立てにペンを挿し、椅子を軋ませて立ち上がるとテーブルへと足を向ける。 テーブルの上にはティーカップと、クックベリーパイがツーピース乗った小皿。 ルイズの足取りに合わせてシエスタが引いた椅子に腰掛けると、まずは茶を一口。 「うん、いい案配ね」 「恐縮です」 矢鱈に視線を合わせはしないが、それぞれの口元は柔らかく綻んでいる。 二人を引き合わせた張本人であるジョセフはもういないが、シエスタはタルブの戦以来、タルブを守った英雄であるジョセフに返せなかった恩をほんの少しでも返すべく、ルイズに甲斐甲斐しく仕えると決意した。 ルイズはそれを嫌がるでも厭うでもなく、特に何も言わずシエスタを自分のお付きメイドとして扱う様にし、現在に至っている。 夏季休暇も終わり、そろそろ秋の気配が見える頃になっても、二人の会話の糸口は決まっていた。 「ジョセフさん、お元気にしておられるでしょうか」 「アレがそうそう耄碌するはずがないじゃない。だって私の使い魔だったんだもの」 殆ど毎日交わした決まり文句を口にしてから、パイを一口食べる。 「ところでシエスタ。貴方の故郷の様子はどうなってるの」 「ええ、平原はメチャクチャになっちゃいましたけど……フネの残骸やら何やらで結構な臨時収入が出来ましたので。来年にはまたブドウの作付けも出来るかと思います」 シエスタが笑みを浮かべながら答える言葉に嘘がない事を、ルイズは知っている。 今のルイズは、タルブの復興状況を知る立場にある。ジョセフからの手紙を受け取った後、ルイズは一人トリスタニア城へ出向き、自らが虚無の担い手であるらしい事をアンリエッタとウェールズに告白し、二人に宛てられた手紙を渡した。 アンリエッタは驚きながらも、親友が落ちこぼれのメイジどころか伝説の系統の使い手だった事を喜び、そして虚無の系統に目覚めた事を他言しない様に厳命した。 新たな女王の役に立ちたいと願うルイズと、親友を禍々しい権力闘争に巻き込みたくないアンリエッタの押し問答を押し留めたのは、アルビオンの王となったウェールズだった。 虚無の力を使う決断はアンリエッタに任せ、ルイズの独断で力を行使しないこと。この条件にまだ納得しかねたルイズに、ウェールズは少しばかり悪戯っぽい笑みを向けて説得した。 「あのジョセフ・ジョースターは、自分の力を濫用したりしなかった。しかし力を用いるべき時には、全力で事に挑んだ。だからこそ、私が今こうして生きて愛する従妹と婚約を結ぶ事が出来たのだ。 君の愛した使い魔は、君が無闇矢鱈に死地へ向かう事を願ったりはしないだろう。私達は、彼から貰い受けた多くの物を返す事が出来なかった代わりに、彼が大切にした少女を彼と同じ様に大切にしたいと考えている」 王としてではなく、友人として語り掛ける穏やかな口調。 それでもなお、でも、と反論しようとしたルイズに、ウェールズは僅かに口調を変えた。 友人の名誉を守ろうとする男の声で、静かに言葉を紡ぐ。 「あのジョセフ・ジョースターは、愛する主人に『国の為に力を使い尽くして死ね』なんて言うだろうか? もし彼がそう言うと思うのなら、君を私達の手駒とする事に異論はない」 そう言われてしまえば、ルイズにそれ以上歯向かう言葉など存在しない。 悲しげに俯いたルイズに、アンリエッタはすぐさま羽ペンを取ると羊皮紙に文面を書き連ねる。それはルイズを女王直属の女官とする許可証だった。 許可証をルイズに手渡すと、その手を離さないまま優しげな笑みを無二の親友へと向けた。 「今のわたくしには、愛するウェールズ陛下がおります。ですがルイズ、あの奇妙な使い魔と初めて出会った夜に言った言葉をもう一度、貴女に送ります」 女王から臣下に向ける為の表情ではなく、幼い頃からの親友に向ける為のアンリエッタの声色で、ルイズの手を握る手に力を込め、ブルーの瞳を潤ませて真正面からじっと見つめた。 「友達面で擦り寄ってくるだけの宮廷貴族達とは違う……私に真に忠誠を誓う貴女が、私には必要なの。今はもういないジョジョの分まで、わたくしの友人でいてほしいのよ、ルイズ!」 身に余る言葉を受け取ったルイズは感極まり、涙を流しながらアンリエッタに抱きついた。 「――女王陛下!」 「ああ、ルイズ! ルイズ! わたくし達だけの時はそんなよそよそしい呼び方をしないで! 昔の様に姫さまと呼んで!」 ひしと抱き合いながら、二人で気が済むまでおいおいと泣き合う姿を、ウェールズは目を細めながら眺めていた。 ルイズは感極まって泣き続けながらも、頭の何処かで何故こんなに涙が止まらないのかを理解した。 自分がメイジであるかどうかなど関係なく、自分を必要だと認めてくれる。 そう、ジョセフもそうだった。魔法が使えない落ちこぼれを馬鹿にする事無く、ルイズはただのルイズでいいのだと認めてくれた。 虚無の力ではなく、ルイズ本人を必要だと、敬愛する女王陛下とウェールズ陛下に認めてもらえた。 別れの手紙に書いてあった事は嘘ではなかった。今の私は一人ではないのだ、と、確信出来た喜びの涙だと、判ったからだった。 その日からルイズは、アンリエッタ達の前で『虚無』を口にする事はなくなった。 アルビオン大陸への封鎖作戦が進行しているとは言え、表向きは今すぐに戦争を仕掛けようとはしていないので国もそれなりには平穏を保っている。 休日には朝早く学院からトリスタニアへと向かい、アンリエッタの公務中は何をするでもなくただ女官として女王の側に立ち、時折出来る暇に言葉を交わし、慌しく短い食事の時間を共にしてまた学院へ帰る。 授業がある日には友人達と軽口を叩き合ったり一方的にからかわれたりしつつ、アンリエッタから届いた手紙に返事を書き、伝書フクロウに託す。 アンリエッタに送る手紙を書く手を一旦止めて、毎日の習慣となりつつあるティータイムを今日もまた過ごしていた。 空になったカップをソーサーの上に置くと、シエスタは慣れた手つきでそっとお茶を注いでいく。 「ジョセフさんの世界って本当にすごいんですね、ミス。贈られた軟膏でアカギレもひび割れも出来なくなっちゃいましたし、お腹の調子を悪くしてもあの丸薬ですぐに治ってしまいます」 シエスタにもジョセフからの手紙とプレゼントは贈られていた。 竜の羽衣のお陰でタルブを守れた事、無事に元の世界へ帰還できた事、シエスタの祖父の遺言通り、祖父の生まれた国へと返還した事、初めて会った時から親身になってくれた事。それらについて丁寧に礼が述べられた後、シエスタへのプレゼントも添えられていた。 見た事もない素材で作られた箱にたっぷりと詰められた、これまた見た事もない素材で作られた小さな筒に入った軟膏と、茶色の小さなガラス瓶に入った茶色の丸薬。そして軟膏と薬の作り方と材料。 ジョセフの世界の単語で言えば、ダンボール箱にたっぷり詰まった日本製の軟膏と正露丸。 軟膏の実物は学院中の使用人全員が毎日使っても二年分は優にあり、使用人の肌環境を劇的に改善させる事となった。 正露丸は魔法も必要とせず、ただ飲んだだけですぐに腹痛を治めてしまう。使用人のみならずメイジ達にもその評判は流れ、軟膏や正露丸自体やその材料の研究も流行の兆しを見せている。 「……そうね。あいつはいっつもそう。自分は他人の為に走り回ったくせに、あんなに一杯贈り物なんか贈ってきて。腹が立つわ」 ジョセフの話題になると時折零れる刺々しい言葉は、ジョセフへの思慕の情が漏れそうになるのを隠そうとするパフォーマンスである事は、シエスタのみならずルイズの主従関係を知る友人達にとっては周知の事実だった。 その証拠に、刺々しい言葉とは裏腹に、かつての使い魔を語る口調はいつもとても柔らかい。 しかしその柔らかな口調は、すぐに言葉に似つかわしい刺々しさを持つ事になる。 「……で、あいつは一体どこほっつき歩いてるのかしら」 「さあ……厨房からここまで擦れ違いませんでしたし、いつもの様にどこかで昼寝なさってるんじゃないでしょうか」 本格的な棘が発生しても、シエスタはどこ吹く風と言わんばかりにしれっとルイズの言葉を流す。 それがまたルイズの気に障り、見る見る間にテンションを上げさせて行く。 「あいつあたしの使い魔でしょ!? なのにいっつもご主人様の側にいないでほっつき歩きっぱなしってどう言うことかしら!」 それから一通りきーきー喚いている所に、ドアがギィと押し開けられた。 部屋へ入ってきた姿を見たルイズが、勢い良く椅子から立ち上がると鞭を“彼”へ向けた。 「一体今までどこブラブラしてたのよ! 使い魔がご主人様の側にいないって、アンタ本当に使い魔としての自覚あんのジョセフ!?」 しかし“ジョセフ”は意に介さず、後ろ足で首の後ろを掻いた。 その悠然とした態度が更に癇に障り、しばらく散々喚いて疲れたルイズがじとりとした目で“ジョセフ”を見下ろした。 ジョセフ・ジョースターがルイズへ贈ったのは、自分の代わりの使い魔になる動物だった。 ジョセフがスピードワゴン財団に無理を言って用意させたのは、虎の仔。地球に生息する虎の中でも最大級の体格を持ち、尚且つ生息する個体数も少ない貴重なアムールトラをルイズへと贈ったのだった。 無論ルイズはその虎にジョセフと名付け、使い魔として契約を果たした。 しかしこの虎は色々と小生意気で、コントラスト・サーヴァントも行ったにも拘らず、主人を主人と思っていない様に自由奔放に振舞う。 トラックのコンテナに設置された檻の中にいた時は猫程度の大きさだったのが、良く食べ良く寝て良く走った結果、あっと言う間に大型犬よりも大きくなっている。これで更に大きくなったら果たしてどうなるのか、今からルイズの頭痛の種だった。 「まあまあそう怒るなよ娘っ子」 部屋の隅でかちかち唾を鳴らし、能天気な声で取り成す剣の声が更に怒りを増幅させる。 「うるっさいわね! アンタはいいわね、前のジョセフの時も今のジョセフの時ものうのうと隠居暮らしが出来て」 「な! おめえそれは言っちゃなんねえ事だぞ! 大体娘っ子もお前らも伝説の剣を何だと思ってやがる!」 貴族と剣の言い争いも恒例行事。黒髪のメイドは意にも介さず、まだ手の付けられていないパイを手に取ると、ジョセフへと差し出した。 「ふふっ、ジョセフさん。沢山食べて大きくなるんですよー」 大きく開けた口の中へパイを落としてもらい、ジョセフは嬉しそうにパイを飲み込むとシエスタの足元へ身を摺り寄せた。 「あっ! こらジョセフ、何ご主人様以外の女に媚売ってるのよ!」 「あらミス、ジョセフさんと私はとーっても仲良しなんですよ? こんなに可愛い虎さんをしかってばかりの怖いご主人様より、ご飯上げて可愛がっちゃう私の方がずーっといいですよねー?」 がぁう、と虎が暢気に鳴いて、四つ巴の口喧嘩が発生するのもまた日常茶飯事。 伝説の担い手と伝説の使い魔は、そんな肩書きなど関係なくじゃれあっていた。 ――シエスタはそれから学院のメイドを数年勤めた後に故郷のタルブ村に帰り、丈夫で働き者の夫を得てブドウ栽培とワイン作りに専念する。 シエスタが完成させ、村の恩人である英雄の名を冠した「ジョースターワイン」は、ヴァリエール家の晩餐会に供され、トリステインでも屈指の高級ワインとして名を馳せる事となる。 ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、ウェールズ王と共に手を取り合うアンリエッタ女王の側に付き従い忠誠を誓う女官として、使い魔である巨大虎と共に歴史書に名を残す事になる。 彼女が虚無の担い手であった物語は世間に聞こえる事は決してなかったものの、彼女の誇り高い生涯はヴァリエールの子孫達に語り継がれていくのだった―― ゼロと奇妙な隠者 完
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ゴーレムとの彼我距離は、およそ50メイルと言ったところか。フーケはあの夜闇の木立の中ををこれだけの短時間で離れ、しかもゴーレムの作成をやってのけたということである。 林の木々さえも土塊に錬金しながら立ち上がる巨体は、人間の本能そのものに恐怖を押し付ける代物だった。 「……間近で見るとデカいわね……いやぁん、こんな大きいの壊れちゃう、とか言っておくべきかしら」 「冗談が言えるなら、まだマシと言ったところかの」 「ちょっとコイツをブッタ斬るにゃオーラ力が必要かもしれんぜ相棒よ」 30メイルの巨大ゴーレムを前にして軽口を叩けるキュルケ、ジョセフ、デルフリンガー。 「………………」 自分の二十倍のゴーレムを前にしても、特に表情を変えずに杖を構えるタバサ。 だが、ルイズは。 呆然と、ゴーレムを見上げているだけだった。 ゼロと奇妙な隠者 『Zero+IX』 ゴーレムは地響きを響かせながら、ゆっくりと、しかし着実に接近してくる。 ジョセフは手も足も出ずに完敗はした。が、その両眼に恐れは微塵とてない。 「出ちまったモンはしょうがないッ! とどのつまり再生するよりも早くブッちめりゃダウンすると考えていいんじゃなッ!?」 「おおまかに言えばそう」 ゴーレムとの対峙法をおおまかに叫んだジョセフに、タバサは必要最低限の返事で答え、指笛でシルフィードに合図を投げた。 「わしらは地上で何とかする! お嬢ちゃんらは空から何とかしてくれぃッ!」 「了解」 「オーケーダーリン!」 ジョセフの言葉に、タバサとキュルケはフライを唱えてシルフィードと合流しに行く。 「さあて……こっからじゃのう。なかなか骨の折れる相手じゃわい」 「いいのかい相棒。ロケットランチャーブッかませば、あんなゴーレムなんてイチコロだぜ」 今から起こる戦いを前に、デルフリンガーはさも楽しげな声で問いかける。 「そりゃあコイツを使えば目の前のデカブツなんぞ一発じゃわい。でもな、それじゃ困るんじゃ。軽くブッちめたとしても、フーケめが新しくゴーレムを召喚してきたらそれでしまいじゃからな。切り札が一枚増えただけ、なんじゃよ」 (それに。それじゃ意味がない) それは心の中だけで呟くが、デルフリンガーには聞こえていた。 「ハッ、ちげえねえや! なかなか苦労性だな、ジョセフ・ジョースターよォ!」 「最近はこういう役どころばっかじゃ」 くく、と笑ってから、後ろで立ち尽くしているルイズに視線をやる。 「いいかルイズ。今からわしらであやつをブッちめる。安心せい、勝つ手段は考えてきた」 ジョセフの言葉も、しかし今のルイズには届いていなかった。 「おい、どうしたルイズ?」 ルイズの奇妙な様子に訝しげな眼を向けるが、彼女は魂が抜けたようにゴーレムを見上げているだけだった。 (私は――何をしてたんだろう) そうだ。一体今まで何をしていたのか。 (もう少しで、勝ててたんじゃないの。――ジョセフと、キュルケは) そうだ。確かに二人はフーケを追い詰めていた。チェックメイトまであと一手だった。 (なのに。――私が。横槍を入れたから) あそこで自分が動く必要が何処にあったのか。……無かった。 (私はただ見ているだけでよかったのに。そしたら、二人のどっちかがフーケを捕まえて……めでたしめでたしで、終わってたはずなのに) だが、終わらなかった。自分が、終わらせなかった。私が、嫉妬なんかしたから。 (何をしようとしていたの。三人が積み上げてきたものに、私がいなかったから。だから、無理矢理入り込もうとして……何もかも、台無しにしただけじゃない) その結果どうなったか。 フーケは体勢を整えて、切り札の巨大ゴーレムを錬金してしまった。 振り出しに戻る、どころの話じゃない。フーケが盤面をひっくり返す手伝いをしただけ。 (そうよ。何を勘違いしてたんだろう。私は『ゼロ』のルイズじゃないの。 ジョセフが使い魔になって。何でも出来る強い使い魔がいるからって、何を勘違いしてたんだろう。 私は……私自身は……何も出来ない、『ゼロ』じゃないの! たまたまジョセフを引き当てただけの、『ゼロ』のルイズなのよ!?) 心の中から消えそうになっていた事実が、再び自分の目の前に現れて。全身から力が抜け落ちそうになる。だが、それは、貴族としての矜持が、許さなかった。 「……私、は……」 「おい、どうしたルイズ! しゃんとせんか!」 ジョセフの手が肩をつかんで揺さぶり、ルイズは深い泥沼のような思考から現実に引き戻された。 「……っ、ジョセフ……!」 「敵さんが目の前に来とるんじゃぞ! ぼうっとしててどうするッ!」 ジョセフの一喝で、ゴーレムが随分と近付いてきているのに気付く。 「………………。ごめん、なさい……」 俯いた顔には前髪が垂れかかり、どのような表情でその言葉を呟いたのか。ジョセフには、判別が出来なかった。 「私がっ……私が、役立たずだから……『ゼロ』だから……っ、こんな、ことにっ……!」 引き絞るような声は、すぐに嗚咽混じりの声に変貌していく。 「そんなモン結果論じゃ! お前が悪いワケじゃないッ!」 接近してくるゴーレムと交戦するつもりだったが、ジョセフはルイズを右腕に抱き、タバサ達が向かった方へと一目散に駆け出した。 「だってッ! 私がいなかったらもうフーケ捕まってた! 私……いつもそうよッ! いつだって大切な人の足、引っ張ってっ……!」 「言わんでいい!」 ルイズが力の限りジョセフにしがみ付いているせいで、ジョセフも思った通りの動きが出来ず、ただひたすらにゴーレムから逃げる事しかできていなかった。 「私が『ゼロ』だから! 家族もみんな、陰口叩かれてっ……! 頑張っても頑張ってもダメだった! 初めて成功した魔法で、ジョセフを呼んだのにッ……私のせいで、私のせいで……!」 腹の底から搾り出す慟哭は、ジョセフの心に深く届いてしまう。 次に何を言うかを察する。それはジョセフにとって、あまりにも、容易かった。 「それ以上言うなッ!! それ以上言ったらシタ入れてキスするぞッッッ!!!」 「私なんか! 私なんか――ッッッ」 ルイズの言葉は、続けられなかった。 発してはいけない言葉を飲み込むように。ジョセフの口唇が、ルイズの花弁の様な口唇に重ねられていた。 「んっ!? ん、んーーーーっ!! んんっ……ん、んぅ……」 有り得ない事態に必死にジョセフを押して殴って払い退けようとしたルイズだったが、見る見るうちに少女の手から力は抜けていき、数秒後にはしがみ付くようにジョセフのシャツをつかんでいた。 そして、ジョセフの唇がルイズの唇から離れた時。互いの唇に繋がれた銀の糸が、ふつりと切れた。 「言うたじゃろが。それ以上言ったらシタ入れてキスするぞ、と」 加速度的に、夢の世界から現実に戻ってくるルイズ。ほのかにピンクに染まっていた頬は、見る見るうちに怒りの赤に変わっていった。 「――――――っっっっっっ、あ、あんたッ……あんたッて……!」 「抗議は後で聞くッ!! しっかり捕まっておれッ!!」 怒りに震えて唇をわなわなと慄かせるルイズを、そのまま背に負い。ハーミットパープルで落ちないように固定する。 ゴーレムは既に間近に迫っており、これ以上逃げ続けていれば逆に危ないと判断した。 ジョセフにとって、ルイズを正気に戻すという行為は、眼前のゴーレムを叩きのめすより、遥かに重要な意味合いを持っていた。 そしてその行動は、強引ながらも成功と言って差し支えなかった。 勢い良く振り上げられ、振り下ろされる拳を俊敏な動きで回避し、逆にデルフリンガーで巨大な腕を一刀の下に切り落とす。しかし魔力で繋ぎとめられた土塊は、一旦地面に落ちはするものの、すぐさま逆回しで浮き上がって腕に再構成される。 「いいぜ相棒! 『使い手』のお前にゃあんなウドの大木の攻撃なんか当たるはずがねェッ!!」 デルフリンガーが歓喜の嬌声を上げる中、ジョセフは「ボールの縫い目が見えるったァこういうコトなんじゃのォ!」と、愉快げな声を隠さずに答えた。 だがルイズは、懸命に茨から逃れようともがいていた。 「下ろしてッ! 私はッ……私は、おぶられたまま戦いを見守るような不名誉な事は出来ないのよ! だって私は貴族なんだもの! 貴族は……っ、魔法が使えるから貴族なんじゃない! 敵に背中を見せない者……それが、『貴族』なの!! お願いジョセフ……私から貴族である誇りを奪わないで! 私も、戦うのッ!!」 もがくルイズを背中で感じながらも、ハーミットパープルは僅かな緩みさえ見せない。 シルフィードに乗ったタバサとキュルケが上空から支援攻撃とばかりに、風の魔法や炎の魔法をゴーレムに直撃させるが、それらの攻撃もやはり致命傷を与えるには至らない。 だが。タバサも、キュルケも、ジョセフも、デルフリンガーも。 まるで終わりが無い繰り返しのような行為を、徒労だとは考えていなかった。 街道も林も、吹き荒れる人外の力により、数十分前の光景とは一変していく一方。 地図さえ書き換える猛威の中、ジョセフの叫びが、戦場に轟く。 「わしは何度も敵に背を向けた! じゃが一度たりとて戦いそのものを放棄した事は無いッ! 勝つためならば背だって向けるしイカサマだってやってのけるッ! ルイズッ! わしにとっての貴族とはッ! 『正義』の輝きの中にあるという『黄金の精神』を持つ者だと考えておるッ!!」 当たれば間違いなく命を奪うだろうゴーレムの豪腕。いつの間にか、それらは恐怖の対象に成り得ていないことを、ルイズは感じていた。 何故か。 それはきっと、ジョセフの背中にいるからだ、と。それは当然の事である様に、思えた。 「ルイズにとっての貴族、わしにとっての貴族! それが違うのは当たり前じゃッ!」 ルイズは、茨から逃げ出そうともがくことをやめ。ただ、ジョセフの背に縋り付いていた。ルイズも、心の何処かで理解していた。目の前の戦いよりも、今、もっと大切な出来事を経なければならないのだ、と。 「じゃがルイズ! 敵に背を向けない者こそが貴族だと言う、その決意と誇りッ……わしは確かに、お前の中に『黄金の精神』を見出したッ!!」 たった一人の少女に向けて叫ばれる、言葉。そんなものを斟酌することもなく、無感情にゴーレムの腕は振り下ろされ続ける。 たった二人の虫けらを殺すために振り下ろされる土塊の腕は、しかし、たった一振りの剣の斬撃で切り払われ。一人の男の言葉を止める事など、叶う筈さえなかった。 何故なら、ジョセフ・ジョースターの目には、たった一人の少女だけが映っていた。 そして、デルフリンガーの深い一撃がゴーレムの両脚を薙ぎ払い。バランスを崩したゴーレムが、ぐらっ……と、重力に引かれて地面に倒れる。 凄まじい地響きと土煙の中、茨が緩んだのを感じたルイズは、続いて、ジョセフの右腕に抱き寄せられるのを感じた。 ジョセフは、真正面からルイズを見つめ。ただ一人の少女の為だけの言葉を、叫んだ。 「世界中がお前を認めなくとも! このジョセフ・ジョースターが認めるッ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは紛れもない『貴族』じゃッ!!」 地響きの余韻が、周囲に響く中。彼の言葉を確かに受け止めた少女の目には、既に涙も、迷いも、躊躇いすら、なかった。 そこにあるのは、力強い意思の輝き。鳶色の瞳に輝くのは、紛う事なき黄金の輝き! 「例えアンタが認めなくてもッ……」 ゴーレムは、すぐさま足を再生させて立ち上がろうとしている。だが、今のルイズはそれを一顧だにしない。 そんな事より、やらなければならない事がある。言わなければならない、答えがある! ルイズは、自らの左腕を力強くジョセフの背に回し、叫んだ! 「このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、『貴族』!!」 二人の貴族が、互いの腕の中、見つめ合う。 その視線をあえて言葉にするとすれば――『信頼』という言葉が最も相応しかった。 「そしてルイズ! 改めてもう一度言う! わしは土塊のフーケに勝つ手段を既に考えてきておる! そしてその手段には、お前の力が絶対に必要じゃッ!!」 「いいわッ……!」 キッ、と見上げた空には、二つの月を背に、悠然と空を舞う風竜と。その背で、二人を見守る友人の姿。 「前に言ったわね、ジョセフ。今は『ゼロ』でも構わない。いずれ『私達』が強くなると」 「ああ、確かに言った」 「キュルケもタバサもデルフリンガーもシルフィードも。皆で、強くなるのよ」 地面を歪ませ、ゴーレムは立ち上がる。 ジョセフは、剣を構え。ルイズは、杖を構え。 空が、白み始めた。 To Be Contined →
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たいへんだ! 大統領が隣の世界からたくさんルイズを連れてきちゃったぞ! ヒロインがいなくちゃ話は続けられない! 彼女たちの話を聞いて元の世界へ帰してあげよう! (問題)次のルイズはどこの作品のルイズか答えなさい。 ルイズA「私の悩み? そうね、こうしていると時々、ひどく寂しくなるの。前はもう少し賑やかだったもの。 でもデルフもワルドもマチルダもいるから孤独とは思わないけれどね」 ルイズB「ねえ聞いて! 才人ともっと一緒にいたいのに、ううん、もっと身体も心も一緒になりたいのに、 ギーシュもエレオノールお姉さまも邪魔するの! 愛してる、私が欲しいって才人も言ってるのに!」 ルイズC「べ、別に大した事じゃないんだけど、最近、なんだかあいつタバサと仲良くしてるみたいなの。 惚れ薬のせいだけじゃなくて、それにタバサの方も少し変わったような気がするわ。 タバサの他にキュルケとも会社を興したり、シエスタとも楽しげに話しているし……ああ、思い出したら腹が立ってきた! 忘れないでよね! わたしがご主人様なんだからね! ないがしろにしたら許さないわよ!」 ルイズD「ちいねえさまも(弾け過ぎな気はするけれど)元気になったから悩みなんてないわ。 ただキュルケの様子がおかしいのよ、ブツブツと体液だの触手だの呟いて変な目で見てくるし」 ルイズE「……色々あるわね。たとえば使い魔が私よりデルフと親しそうだったり、 元婚約者が変な性癖の持ち主でソムリエ呼ばわりされたり、ギーシュは……もういいわ、諦めたから」 正解はWEBで! (正解) ルイズA:『仮面のルイズ』(第一部より石仮面) ルイズB:『ギーシュの奇妙な決闘』(第七部SBRよりリンゴォその他) ルイズC:『ゼロと奇妙な鉄の使い魔』(第五部よりリゾット) ルイズD:『ゼロの来訪者』(バオー来訪者より橋沢育郎) ルイズE:『アヌビス神・妖刀流舞』(第三部よりアヌビス神)
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大地を揺るがす轟音の後、訪れたのは場違いともいえる静寂だった。 ほんの数分前まで空を占めていたレコン・キスタの艦隊は一隻の例外なくタルブの草原に叩き付けられ、友軍の地上部隊の大半を道連れにした。 昨日、美しく広大な草原であったそこは、中央に巨大な湖を生み出していた。 しかしその湖は風光明媚で知られるラグドリアンの湖とは比べることが出来ない。 かつて艦船であった木材の残骸と、かつて人間であった肉塊が湖面に浮かび、霧の様な土煙が立ち込める湖上。それを照らすのは、月に蝕まれた日の光。 地獄の一風景を現世に呼び出してしまったかのような凄惨な光景の端の中、トリステイン軍は時でも止められたかのように動くことが出来なかった。 しかし、この停止した時の中で動くことの出来る人間は二人いた。 この光景を作り出したウェールズ、そしてアンリエッタである。 「どうなさいました。枢機卿」 王女の可憐な唇から漏れたのは、戦の最中に呆ける行為を咎める響き。 アンリエッタの声で逸早く我に返ったマザリーニは、喉も裂けよとばかりの大音声を張り上げた。 「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! トリステイン国王女アンリエッタ殿下とアルビオン皇太子ウェールズ殿下の伝説の魔術、オクタゴンスペルによって!」 「オクタゴンスペル……!」 マザリーニの叫びに、将兵達の時が再び動き出していく。 「さよう! 王家の血に連なるメイジにのみ許された伝説の詠唱! 各々方、これで始祖の御意思、そして祝福がどちらにあるか示された! 彼奴らは今、始祖の鉄槌を下されたのですぞ!」 今、何が起こったのかを目撃したトリステイン軍は枢機卿の言葉をすぐさま受け入れる。腹の底から湧き上がる原始的な衝動は、水面に広がる波紋のように苛烈な砲撃を耐え抜いた軍勢に伝播していった。 「うおおおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳! アンリエッタ王女万歳! ウェールズ皇太子万歳!」 鬨の声が上がる中、アンリエッタは自分を離すまいと回されている腕の感触に幸せそうな微笑を浮かべていた。 「ウェールズ様……ああ、まるで夢のよう。もし夢だったとしたら……二度と覚めなくても構わない。そう思います……」 ウェールズはその言葉に、ほんの少し困ったように微笑んだ。 「これが夢であってたまるものか。僕達は手に入れたんだ……これは現実なんだよ、僕のアンリエッタ」 恋人同士によく見られる、世界には二人きりと言わんばかりの甘い空気は、マザリーニの控えめな……しかしよく通る咳払いで掻き消えた。 「オッホン。王女殿下と皇太子殿下のお邪魔をするのは出来うる限り避けたい所ではございますが……まだもう一仕事していただかねば困ります」 アンリエッタは勿体つけた物言いのマザリーニに、悪戯っぽく笑った。 「うふふ、ごめんなさい枢機卿。王城に帰ったら、ゲルマニアに使いを出さねばなりませんものね」 「その通りですな。わたくしにドレスの裾を投げ付けたように、あの成り上がりに婚約破棄を通達してやらねばなりますまい」 変われば変わるものだ、という感慨がマザリーニの胸中を占める。 あの会議室での演説で、王家に飾られる花でしかなかった少女は王女になった。 そして今、皇太子の腕の中で王女は最上級のスクウェアメイジに成長を遂げた。 なんと出来過ぎた物語だろう、と思える。物語の筋としては使い古された陳腐な筋だ。 王女がこれ以上ない危機に立たされた時、王子様が突然現れて共に手を携えて危機を打ち破る――しかし、それが現実に起こったとなれば、そしてその物語が生まれた瞬間に立ち会えるとなれば。 せいぜいが慌てふためくセリフと演技しか許されない端役者だとしても、体の中から浮き上がるような歓喜は否定することが出来ない。 マザリーニは、主役の二人を眩しげに見上げ、二人の目を見つめた。 「さあ、これより勝ちを拾いに行きましょう。皇太子殿下、王女殿下――いや」 帰ったら、この題目を脚本にした舞台を上映させよう。それを国威発揚に用いれば、しばらくはこの劇の話題で持ち切りになるだろう。 ならばせめて、決め手になるセリフを告げる役得くらいはあっていい。 「アルビオン国王、ウェールズ陛下。トリステイン国女王、アンリエッタ陛下」 恭しく頭を垂れた枢機卿に、二人の王は強く頷く。 アンリエッタは水晶の杖を掲げ、ウェールズは愛用の杖を掲げた。 「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我らに続けッ!」 地を揺らすような轟きを上げ、トリステイン軍は熱狂に浮かされ駆け出した。 * ルイズは、熱狂とは無縁だった。 友軍の戦艦を竜巻ごと落とされたレコン・キスタ軍はほぼ壊滅状態であったが、撤退さえ許されることなくトリステイン軍の突撃を受けている。 しかしルイズは突撃に加わる事無く、ラ・ロシェールに一人立ち尽くしていた。 先の艦砲射撃でのトリステイン軍の被害は決して少なくない。大勢の負傷兵と共に友軍を見送る形となったルイズは、遠い空を飛んでいる飛行機を呆然と見上げていた。 王女の助けになりたい、という意思は確かにあった。 しかし、自分の出る幕などなかった。 竜騎士隊と命を賭けて戦ったのは、異世界の飛行機械を駆る奇妙な老人。 危機に瀕した王女様を助けたのは、魔法の唱えられない友人ではなく、国を追われた王子様。 「……何よ。何よ」 自分は何も出来なかった。自分がした事と言えば、舞台に上がることも出来ずただ指をくわえて物語を眺めているだけ。 魔法を使うことも出来ない。戦いに赴くことも出来ない。 ぽた、ぽた、と白く形の良い頬を伝って涙が落ち続ける。 涙を止めようと両手で顔を覆うが、涙は次から次へと手の隙間から落ちていく。 「何がメイジよ……! 何がヴァリエールの末娘よ……! 私、何も出来ないじゃない! 何も出来ない……ただの、ただの……!」 遠くから聞こえる戦の戦慄きすら、ルイズに届くことはない。 今まで自分を支えていた貴族の矜持も、今遂に枯れ果てた。 くたり、と身体から力が抜け、馬の背へ崩れ落ちた。 「う、う、うわぁぁぁっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!」 視界が歪む。嗚咽を抑える事など出来ず、溢れる心の迸りを吐き出すように叫んだ。 * ルイズの説得を聞き入れて戦闘空域から離脱したジョセフは、ルイズの言葉が嘘でなかったことをこれ以上ないほど目撃した。 ラ・ロシェールから放たれた巨大な竜巻が、空に浮かんでいた艦隊を飲み込んで地上へ落ちて行く様を文字通り『高みの見物』してしまい、流石のジョセフと言えども度肝を抜かれていたのだった。 「……うーわー、ありゃオクタゴンスペルだぜ。あの王子と王女ってトライアングルだって聞いてたが、化けたなありゃあ。俺っちもさすがにおでれーたぜ」 カチカチと金具を打ち鳴らしながら叩く軽口でさえ、ジョセフの右耳から入って左耳から通り抜けていた。 「……こいつぁえれーモン見ちまったわい。昔戦ったワムウの神砂嵐もすごかったが、こんな芸当が人間に出来ちまうとはな。魔法恐るべし」 雲より高い空の中、凍えるような寒さの中でも額に浮かんでいた汗を、手の甲で拭った。 「さて、墜落しちまう前にどっかに着陸しちまわんとな。いくらなんでも人生で五回も墜落するのはナシにしたいわい」 うるさく鳴っていた金具の音が止み、ぼそりとデルフリンガーが囁いた。 「二度と相棒とは一緒に乗らねえ」 「うるさいぞ」 くくく、と二人揃って笑い合えば、シュル、と小さな音を立てて紫の茨が左腕から伸びた。 「ん? どうした相棒。何かあったのかい?」 当のジョセフは、片眉を上げてハーミットパープルを見た。 「……いや、わしゃ出した覚えなんかないぞ」 「あん?」 「なんでか知らんが出てきた。……む」 手袋の中から漏れる光。何度か起こってきた経験に従って手袋を脱ぎ落とすと、使い魔のルーンが眩く輝いていた。 「どうしたことじゃ、こいつぁ。デルフよ、お前なんか心当たりないか?」 「知らねえよんなこたぁ。俺っちも長生きしてきたが、スタンド使いが使い魔になったこたぁねーからよ」 怪訝そうな呟きと視線を受けていたハーミットパープルは、ルーンが刻まれた義手の甲へと滑り、まるで穴へ潜る蛇のようにルーンの中へ潜り込んで行った。 「なんだ!? こいつぁ……! 引っ込め! ハーミットパープルッ!!」 今まで起こったことのない状況を前に、ハーミットパープルを引っ込めようとするが、茨はジョセフの意思に従わない。消えるどころか、茨は次々に増える一方だった。 「なんじゃ!? 一体何がどうなっとる!?」 * 崩れかけた街に、少女の慟哭が響く。 どれだけ泣いてもルイズの中から濁った感情が引く事はなかった。 泣いても、泣いても。 どれだけ泣いても、自分が無力な存在であることは変わらないのだ。 (始祖ブリミル、あんまりです……! どうして、どうして私だけ……!) 人目を憚らず泣く。こうして泣いていれば、誰かが見つけて抱きしめてくれた。 しかし今は誰もいない。 カトレア姉様も、ワルドも、ジョセフも。 自分の側には誰もいない。誰も、いない。 だからこそ、叫んだ。小さい頃からずっと、心の中で蟠っていた叫びを。 「私に……力があれば……! 何も出来ないのは、もう嫌……! 私に力を! 守られているだけなんて、見ているだけなんて、もう嫌! 私に、私にっ……『力』を……!!」 固く目を閉じて、喉も限りに叫び―― ――不意に、抱きしめられた。 誰かが自分を抱きしめている。 ルイズはこの感触を知っている。いや、この暖かさとこの力強さを知っている。 「…………ジョセ、フ…………?」 ルイズを包んでいたのは、茨だった。 見間違えることなどない、紫の茨。 ハーミットパープルが、華奢な体に巻き付いていた。 泣く子をあやすように優しく、それでいて力強く逞しい。 空を見上げれば、飛行機は空を飛んでいる。ジョセフはここにいない。 左手から何かが迸ってくる感覚がある。左手を見てみれば、ハーミットパープルは自分の左手の甲から出ていた。そこから現れたハーミットパープルが、自分を包み込んでいたのだった。 「これも、スタンド能力なの……?」 訝るように呟かれた言葉に応えるかのように、ハーミットパープルはしゅるしゅると動いていく。 茨の一本がポケットの中に入り込み、ポケットに入っていた『水』のルビーを取り出してくる。そのまま茨がルイズの手を取り、指にはめさせた。 「ちょ、ちょっと。一体何を……」 ルイズの疑問も意に介さず、続いて懐から始祖の祈祷書を引っ張り出した。 結局詔は完成せず、戦場へ向かうアンリエッタを追うのに慌てていれば、ラ・ロシェールへ持ってきてしまったのだ。 ハーミットパープルがルイズの眼前へ祈祷書をかざした、その時。 突然、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出したのに、びくりと肩を震わせた。 「……何よ、これは……」 突如放たれた光に目を眇めていれば、白紙だったはずの紙面に文字が書かれているのが見えた。 それは果たして古代のルーン文字であったが、学年でも指折りの勉強家であるルイズは難なくその文字を読める。ページにびっしり書かれた文字列を目で追っていく。 『これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す』 視線を素早く走らせ、内容を読み解いていく。ルイズの視線が最後の行を読み終わった瞬間に、ハーミットパープルがページをめくってくれた。 『神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化をせしめる呪文なり。四にあらざれば零。 零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん』 読み進めていく内に、ルイズの鼓動は高ぶっていく。 「虚無の系統……伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」 祈祷書を読み耽るルイズは、頬を濡らした涙を拭くことも忘れていた。ハーミットパープルがポケットから取り出したハンカチで拭ってくれているのも気付かないまま、胸の中で大きくなっていく鼓動ばかりを強く感じていた。 『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 』 その後に古代語の呪文が続く。 読み終わったルイズは呆然とする。虚無が強力なら厳重にするのも理解できるが、それにしたってここまで厳重にしたら気付かないで一生を終えたりする可能性高すぎるでしょう、とか当然言いたかった。 が、それよりも今、余りにも多くの事が一度に起こり過ぎて混乱しかけていたルイズの思考が、段々落ち着きを取り戻してきていた。 祈祷書から、自分を包み込んでいるハーミットパープルに視線を移すとそっと撫でてみる。茨に棘は生えているが、先端に触れてみても痛みはない。 『メイジと使い魔は一心同体よ』 ジョセフを召喚した夜、滔々と語っていた言葉を思い出す。 『ハーミットパープルの能力は念写に念視!』 武器屋を探す時に、ジョセフが見せてくれたスタンド。 「……もしかして。私が……力を欲しいと、心から願ったから? ハーミットパープルが、私の中に眠っている虚無の力を探し出してくれたの……?」 もしハーミットパープルがなかったら、果たして自分は祈祷書を読めていただろうか。 『水』のルビーを指に嵌めた後で、祈祷書を開いて読もうとする機会など考えにくい。 だとすれば、なんて迂遠なことだろうと思う。 自分の中に眠る力を見つける為の大きな扉を開くために、異世界のスタンド使いを――それも探索能力に長けた――連れてくるだなんて。 しかしそうでなければ、一生気付かないままだったかもしれない。 一生、ゼロのルイズとして蔑まれる人生を送っていたかもしれない。 しかし今、ルイズは自分の系統に気が付いた。 ジョセフの力を借りられたのは、彼が自分と一心同体の存在だったから。主人の切なる願いを感じ取ったハーミットパープルが、主人の望む物を探し出したのだ。 「…………ジョセフ…………!」 今、ここにいない使い魔を掻き抱くように、自分を包む茨を抱いた。 再びルイズの目から涙が零れる。 しかし、先程の涙とは違う。 暖かく、暖かく、暖かく……――嬉しくて流れた涙だった。 ぐ、と袖で涙を拭うと、まだ暗い輪を作る太陽を見上げ、続いて飛行機に目をやった。飛行機は日蝕の輪に向かってはいない。むしろゆっくりと高度を落としていっているのが見えた。 ルイズは、祈祷書に目をやる。静かに、しかし大きく息を飲んでから、右手にある杖を握り直した。 (ダメよ)(やらなくちゃ) 二人のルイズがいる。 呪文を唱え始める。 (何をする気なの)(そんなの決まってるわ) 沸き立つような心の波、冷ややかに祈祷書の呪文を追う視線。 まるで何度も聞いた子守唄のような懐かしい旋律を紡いでいく。 (そんなことをしてはダメよ。ジョセフを帰すだなんて)(帰さなきゃいけないのよ) 初歩の初歩の初歩の虚無、エクスプロージョン。 聞いた事もないのに、初めて使う魔法だというのに、ずっと前から知っていた。 (馬鹿げてるわ! そんなことの為に、伝説の力を使うだなんて!)(伝説の力だからこそ使うのよ。エクスプロージョンなら……虚無の力なら、飛行機をあの日蝕の輪へ持ち上げることが出来る!) リズムが体の中に沸き起こり、駆け巡る。 今、何をしようとしているのか、ルイズは十分すぎるほど理解していた。 自分を優しく支えてくれてきた使い魔を、自らの魔法で、自らの手の届かない世界へ帰そうとしているのだ。 (やめましょう! 今なら間に合うわ! 簡単よ、今すぐ詠唱をやめて、日蝕が終わるのを待つのよ! 誰にも判らないわ、私が何もしなかったからって誰も責めないわ! そうよ、ジョセフだって、きっと仕方ないって――……) (私が許さないわ!!) 囁くのは、ルイズ。一喝したのも、ルイズ。 二人とも紛れもないルイズであり、ルイズの本心。 二人に共通しているのは、ジョセフを大切に思っているということ。 しかし、決定的な違いがある。 一人は、ジョセフを慕い縋ろうとする少女のルイズ。 もう一人は、ジョセフを誇りに思う貴族のルイズ。 帰したくない、帰してあげたい。それは同時に存在する、ルイズの本心。 どちらにも転ぶ。どちらかを選ぶ。そしてルイズは選んだ。 詠唱は、止まらない。 (駄目、駄目よ! そんなことしたら、私は一生使い魔のいないメイジになるわ! ジョセフが死ぬまで新しい使い魔を呼べないのよ! 使い魔が欲しくてジョセフが死ぬのを願ったりするなんて、そんなことはいやよ! やめて! やめましょう!) (そんなことは願わないわ、決して! だって、だって、私は――……) 長い詠唱の後、呪文が完成した。 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を完全に理解した。 これは、大いなる力だ。 先程の艦隊を、ただ一人で打ち破れる。いや、それだけではない。自分の視界に映る全てを巻き込み、しかも自分の破壊したいものだけを破壊できる。 今なら、まだ引き返せる。この杖を振り上げなければ、まだ引き返せる。 これだけの力を使えるのは、最初の一回だけ。今まで溜め込んできた精神力を使ってしまえば、また溜め込むのに時間が掛かる――使ってもいないのに、ルイズには当たり前のように理解できていた。それは自分の系統だからだ。 そう、今までゼロだと蔑まれてきた自分が伝説の担い手だったのだ。 この力があれば、敬愛するアンリエッタ様の力になれる。 両親に、姉達に、友人達に、教師に、胸を張れる。 私は、立派なメイジなのです。 ちょっと奇妙な使い魔がいるけれど、私は一人前のメイジなのです…… 杖を握る手に、力を込めた。一瞬、自分を包んだままの茨に視線をやり……そして、何かを吹っ切るように空を見上げる。 「私は……私はぁッ!!!」 涙が落ちるのにも気付かず、天高く杖を振り上げた。 「ジョセフ・ジョースターの主ッ!! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのよぉーーーーーーーッッッ!!!」 * ハーミットパープルが自分の制御を外れたのに警戒はしつつも、今最優先すべきなのは無事に不時着することである。 今にもオシャカになってしまいそうなゼロ戦を宥めすかしつつ着陸場所を探していたジョセフは、突如眼下で膨らんだ光の球に気付く。 まるで小さな太陽のように鮮やかで激しい光を放つそれに、思わず腕で目を覆った。 「なんだぁーーーーッこいつはッ!!」 回避運動を取ろうにも、下から膨れ上がる光の球の速度は、どう逃げようともゼロ戦を捕らえる。ガンダールヴのルーンが突き付ける非情な現実が、ジョセフの頭に否応なしに浮かぶのだった。 「落ち着けよ相棒。ありゃあ、虚無の魔法だ」 「なんだと!? 虚無!? それがなんで今頃……」 「そりゃあ、虚無の担い手が使ったんだろ。ふつーのメイジにゃ使えねぇ」 「お前、そんな暢気な……!」 「俺の敬愛する相棒に含蓄ある素晴らしい言葉を送るぜ。ダメな時ゃ何やってもダメ」 「ただ諦めてるだけじゃないかそいつァー!!」 狭いコクピットの中で何を言い合おうと、結果が変わる事はない。 迫り来る光の球がゼロ戦の腹に当たる瞬間、覚悟を決めて目を固くつぶる。 (ああ……ここでオシマイかッ……すまん、スージー、ホリィ、承太郎、ルイズ……ッ!) しかし、終わりの時は訪れない。 不意に感じた奇妙な感覚に恐る恐る目を開けた。 結論から言えば、光の球はゼロ戦を飲み込まなかった。 光の球は、ゼロ戦を飲み込むのではなく―― 「こ、こいつはッ! ゼロ戦を『押し上げている』ッ!?」 風防ガラスの外に見えたのは、『垂直に落ちて行く雲』。否、そう見えるのは自分達が垂直に上昇しているから。 どこへ向かうのか。 思わず上を見上げたジョセフの目には、今にも途切れそうになっている日蝕の輪が見える。 その瞬間、ジョセフは全てを理解した。 操縦桿から手を離し、側壁に凭れ掛かる。 「そうか……ルイズ……。お前、魔法使えるようになったんじゃなぁ……」 満足げに微笑むと、目を閉じて生意気な孫娘の顔を思い返した。 「なあ、デルフリンガーよ」 「なんだい相棒」 「いきなり召喚されて大変な目にもあったが……だが、楽しかった。とても楽しかったよ」 かちり、と一度金具を鳴らし、剣はしみじみと呟いた。 「ああ。楽しかったな……本当に心からそう思うぜ」 日蝕の輪は、どんどん近付いてくる。 「相棒の世界ってのは、俺っちが活躍できるような世界かい?」 「んーむ……DIOも倒したところじゃからなあ。お前の出番はないんじゃないか?」 イヒヒと笑うジョセフに、デルフリンガーは嫌そうな声を上げた。 「また武器屋の店先で安売りされるのだきゃカンベンしてくれよ、相棒」 そしてまた、二人で笑い合う。 光の球は輝きを増していく。 まるで月に隠れた太陽の代わりになろうとするかのような、黄金の輝きを。 その時、ジョセフは確かに見た。 日蝕の輪を潜った瞬間を。 * 不意に現れた光の球を、タルブにいた者達は見上げていた。 不意に現れた光の球は、特に目立った何かを起こすわけでもなく、現れた時と同じように不意に消えた。 その光の球が如何なるものだったのか理解できる人間は、一人だけの当事者を除いては誰一人存在しなかった。 そのたった一人の当事者も、今までの人生で蓄積してきた精神力を全て使い果たし、馬の背の上で気を失っていたのだから―― 【ジョセフ・ジョースター (スタンド名・ハーミットパープル) 地球へと帰還】 To Be Continued → 戻る
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日蝕の日、朝日が地平線から抜け出ようとしている頃。 昨夜から一睡もしていないオスマンは自室の中、式に出席する準備にまだ追われていた。 日程の関係上、一週間は学院を留守にしなければならないのだが、学院長であるオスマンが一週間不在になるということは、それなりに前もって片付けておかなければならない用事が多いのである。 ロングビルがいたなら多少の用事なら彼女に任せても良かったのだが、未だに彼女の後任に相応しい秘書も雇えていない現状では、仕事の全てを自分でこなさなければならないのであった。 「ふうむ、帰ってきたら本格的に秘書の募集を掛けなければならんな。当然有能で美人でちょっとくらいの悪戯は笑って許してくれて……あと、盗賊じゃないのは優先事項にせんと」 ぶつくさと独り言を漏らしつつ、残りの仕事は帰ってきてから終わらせることに決めて荷造りに取り掛かろうとした時、激しい勢いで扉が叩かれた。 「誰じゃね?」 この忙しい時に何事じゃ、と眉を顰めたその時、一人の男が飛び込んできた。 飛び込んできた男の服装で王宮の使者であることを理解する間もなく、大声で口上が述べられていく。 「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステンに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期になりました! アンリエッタ殿下率いる王軍は、現在ラ・ロシェールに展開中! 従って学院に置かれましては、安全の為、生徒及び職員の禁足令を願います!」 使者の口上に、オスマンは一瞬言葉を失った。 「……宣戦布告とな? 戦争かね」 皺と白髭に覆われた顔により深い皺が刻まれたが、使者の告げる言葉はなおもオスマンの表情に心痛な色を加えていく。 アルビオン軍は巨艦レキシントン号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸した総兵力は三千。 それに対するトリステイン軍は艦隊主力は既に全滅、慌ててかき集められた兵は二千。 完全な不意打ちの形を取られたトリステインが集められる兵力はそれで限界であり、しかも制空権は完全に掌握されて取り返せる見込みは皆無。十数隻の戦艦からの砲撃で、士気も精度も劣る二千の兵は容易く蹴散らされるのは火を見るよりも明らか。 タルブの村は竜騎兵によって炎で焼かれ、領主も既に討ち死に。昨日の午後、姫殿下自ら御出陣。深夜のうちにラ・ロシェールに陣を張り、同盟に基づきゲルマニアに援軍を要請したが、先陣が到着するのは三週間後になるであろう……。 息せき切って懸け付けた使者の言葉を疑う余地は何処にもない。 オスマンは深々と溜息をついて、天井を見上げた。 「……昨今条約や同盟というものはインクの染み以外の何物でもないのう。トリステインは見捨てられたな。三週間もあればトリスタニアにアルビオンの旗が上がるじゃろうて」 アルビオンの末路を聞いているオスマンは、トリステインだけは例外だと考えるような夢想主義者ではなかった。滅亡する国がどのように蹂躙されるかなど、考えるまでもない。 (……どうする) 現状で打てる手などない。 必然とも言える流れを覆せるような魔法など、人より長い年月を生きてきたオスマンにも心当たりはない。 となれば、今考えるべきは如何に学院に居る職員や子弟達を、安全に避難させるか。 思考を巡らせるオスマンの脳裏に、二人の男の姿が走った。 もしやすれば、という可能性が浮かび上がる。この話を教えれば、二人とも一も二もなく戦いに赴くことは疑うべくもない。 だが、だが……ウェールズ皇太子はともかく、ジョセフ・ジョースターを巻き込んでいいものか。異世界から無理矢理召喚されただけの老人をこちら側の世界の戦争に巻き込めるのか否か。 ましてジョセフは今日の日蝕で元の世界に帰るのだ、とコルベールから伝え聞いている。 良心と打算が両極に乗る天秤の揺らぎに、知らず呻き声めいた吐息が漏れた。 「ミスタ・オスマン?」 使者の訝しげな呼び掛けにも、視線を向けようとはしない。 「……仔細了解した。今から学院に居る皆に事情を説明する。貴殿も任務に戻るといい」 「はっ」 敬礼して慌しく部屋を辞する使者を見送り、それからまた僅かに逡巡した後、やっとオスマンは立ち上がった。 その足の向かう先は、風の塔。ウェールズが隠れ住む一室である。 黒い琥珀に記憶されているオスマンが階段を登り、ウェールズのいる部屋の扉をノックする。 「開いているよ」 朝早くから椅子に腰掛けて読書していたウェールズは、開いた扉の向こうに立っていたオスマンの姿に少し目を見開いた。 「どうされたのですか、ミスタ・オスマン」 読みかけの本を机に置いたウェールズに、オスマンは静かに口を開いた。 「――レコン・キスタめがトリステインに宣戦布告しました」 アルビオンではなく、レコン・キスタ、と言い換えたのは、当然のことであった。 思わず立ち上がったウェールズの足に押され、椅子がけたたましい音を立てて転がる。 「何と言う事だ……!」 く、と唇を噛み締めたウェールズは、次の瞬間には毅然と顔を上げてオスマンを見た。 「……戦況をお教え頂けますか、ミスタ・オスマン」 オスマンは眉一つ動かさず、使者から伝え聞いた言葉を紡ぐ。 ウェールズは現状を全て聞くと、コート掛けに掛かっていたマントを手に取り、大きく風を靡かせて背に羽織った。 「では、アルビオン王国の生き残りである私は、これより援軍としてタルブ村へ向かわねばなりません。今まで私を匿ってくださり、感謝の言葉もありません」 至極当然に言い切る王子に、オスマンは僅かな瞬間だけ躊躇ったが、意を決して言葉を紡いだ。 「――生憎、学院には幻獣はおりません。馬の足では、今から向かった所で戦に間に合わぬのは明らか。ジョセフ・ジョースターに協力を願う以外、殿下が戦場に辿り着く術はないと愚考します」 「確かにそうですが、彼は此度の戦に何ら関係ないではないですか」 「しかし、貴方が唯一戦場に辿り着く方法を使うことが出来るのは彼しかおりませぬ」 白く長い眉の下から覗く目を、ウェールズは声もなく見据えた。 「……貴方は、無関係の異邦人を戦に駆り立てようと。そう仰るのですか」 腹の中から搾り出したような声にも、オスマンは毛の先程も表情を変えはしない。 「戦場に立てとは言いませぬ。あの飛行機械で、皇太子を戦場へ送り届けてくれと頼むだけです」 瞬きもせず、二人の男が睨み合う。 視線を背けたのは、ウェールズが先であった。 「……私は無様だ。これより家族の元へ帰ろうとする老人に、なおも助けを請う。何と言う……何と言う、恥知らずの男だろうか……」 ぎり、と歯が軋む音が響く。 オスマンはそっと彼に背を向け、己のエゴを憎憎しく思う内心を億尾にも出さず、次の言葉を放った。 「さあ、彼を呼びに行きましょう。我々に残された時間は、限りがあるのですからな」 そして二人は、ジョセフが暢気に寝こけているであろうルイズの部屋へ向かった。 早朝の突然な来訪に、ジョセフは寝ぼけ眼で応じ……タルブの村が燃えたと聞いた時点でゴーグルを手に駆け出そうとしていた。 燃えるような怒りを目に灯し、自分の横を駆け抜けようとするジョセフの肩をつかんだウェールズは、彼の動きを留めるのに必死に力を込めなければならなかった。 「待ってくれ、ミスタ・ジョースター! まさか貴方も戦うなどと言わないでくれ!」 「こんな話聞いて黙って帰ったり出来んだろ!」 「ジョースター君、我々に強要出来る筋合いはないがせめてウェールズ殿下を送り届けてくれれば、それ以上は……」 オスマンとて、ジョセフを戦場に送りたくないのが本心である。 ウェールズが死地に赴くのを止める理由はない。それが彼の望みだからだ。 しかしジョセフは違う。何の関わりもない。 だと言うのに、今のジョセフは輝ける意思を抱いている。決してただ王子を戦場に送り届ける為の勇気ではない。 それは紛れもない闘志、だった。 ニューカッスル城まで付き従った三百のメイジ達と同じ輝きを、この老人もまた抱いていた。 「すまんがこのジョセフ・ジョースター、困ってる友人を見捨てられるほど人でなしじゃあないんでなッ! あのゼロ戦は爆弾はないが機関銃はバッチリ動く! あんだけありゃあ、フネの一隻や二隻くらいは落としてみせるッ!」 気迫と力強さばかりで構成される言葉。手や足に震えはない。 亡国の王子と学院長は、おおよそ同じタイミングで同じ答えに辿り着いた。 『これ以上何を言っても時間の無駄』であった。 死にに行くだけなら止め様がある。戦いに恐れを抱いていればそこから崩す事も出来る。 だが、ジョセフ・ジョースターに一切の揺らぎはない。 レコン・キスタに立ち向かい、勝利を得に行こうとしている。 「……一つだけ聞かせてくれ、ミスタ・ジョースター」 ジョセフの肩に食い込むほど力の篭っていた手を離し、ウェールズは問うた。 「何故、貴方は戦いに赴くのだ? この戦いで名誉を得られる訳でもなく、報酬を与えられる訳でもない。それなのに……どうして貴方は、命を賭した戦いに怯まないのだ?」 判り切った事を何故聞かれたのか判らない、と言いたげな顔で、ジョセフは答えた。 「そりゃアンタ、困ってる友達を見て助けないなんて薄情な真似はわしにゃ出来んというだけだ。王女殿下は、この部屋でわしを友人だと言った。わしをジョジョと呼んだ。だからわしは助けに行くだけのことだ」 単純明快にして、唯一無二の答え。 ウェールズは、静かに息を一つ吸い、そして大きく吐き。そして深々と頭を下げた。 「……そうだな、ミスタ・ジョースター。愚問だった、非礼を許して頂きたい」 「気にせんで結構。さあ行こう、調子コイとるバカどもをぶちのめしになッ」 ウェールズの肩を掌で軽く叩いてから、改めてオスマンに向き直った。 「最後まで世話になりました、センセ。わしの可愛い孫と友人達を、どうか宜しくお願いします」 ウィンク混じりの笑みの別れの挨拶に、オスマンは口髭に隠れた口の端をニヤリと吊り上げた。 「安心しなさい、例えどんな結果になったとしてもわしの生徒達の安全は保証しよう。――存分に、戦ってきなさい」 そして差し出された手を、ジョセフは力強く握った。 「その言葉があれば、安心して戦えるというもの。お世話になりました」 皺だらけの顔を、笑みで更に皺を増やし。二人の老人は笑みを交し合った。 「よし、ジョースター君。ミスタ・コルベールの所にはわしが行こう。あの飛行機械の燃料は彼が錬金したと聞いている。君は、ミス・ヴァリエールに別れの手紙を書いてやりなさい」 「何から何まで、すいませんな」 「ほっほっほ、なぁに。わしらの世界の不始末を異世界からの友人に任せなきゃならん不義理の代わりにゃなりゃせんて」 手を離し、ウェールズとオスマンは階段へ向かい、ジョセフは部屋へ戻る。 数分後、机に置かれた便箋の上には、ペーパーウェイト代わりに帽子が置かれていた。 「……さらばじゃ、ルイズ」 今は居ない主に向かい、ほんの少し寂しさを滲ませた笑顔で別れの挨拶を告げた。 ジョセフ・ジョースターはこの時を限りに、二度とこの部屋へ帰る事はなかった。 * タルブの村はジョセフ達が訪れた時の面影を完全に失っていた。 レコン・キスタの強襲の際に出撃した竜騎士隊が、村だけでは飽き足らず周囲の森や草原まで面白半分に火のブレスを吐きかけた結果だった。 村人達は辛うじて逃げた者も多いものの、命を失った者も数人いた。 美しい光景を失った草原にはレコン・キスタの大部隊が集結し、港町ラ・ロシェールを陣地として立てこもるトリステイン軍との決戦に備えていた。 その上空では、空からの攻撃に立ち向かう任務を負っている竜騎士隊が引っ切り無しに飛び回っている。歴史あるトリステインの誇りを担うのが魔法衛士隊ならば、大空に浮くアルビオンの誇りを担うのは竜騎士隊であった。 アルビオンが擁する竜騎士の数は火竜や風竜合わせて百を超える。今回の進軍では二十騎もの竜騎士が率いられていた。対するトリステインの竜騎士は、質でも量でも遠く及ばない。 元より奇襲を掛けられ混乱状態にある上、乏しい地力で散発的な攻撃しか行えなかったトリステインは、アルビオンの竜騎士を一騎たりとも討つ事が出来なかったのである。 翻って圧倒的な勝利を挙げたアルビオン竜騎士隊は、戦闘の趨勢が決まった後もタルブを蹂躙したのだった。 戦艦や竜騎士を失ったトリステインの空は、事ここに至りアルビオンが完全制圧した。 後はラ・ロシェールに立てこもるトリステイン王軍に空中からの艦砲射撃を行い、立てこもる都市を無力化してからゆっくりと勝ちの決まった決戦を仕掛けるのみであった。 敗北の可能性どころか死ぬ危険さえないと、アルビオンの兵士達は高を括っていた。反乱からここに至るまで敗北はなく、被害と言えばニューカッスル戦くらいのもの。砲撃の準備に掛かるアルビオン艦隊には、弛緩した雰囲気さえ漂う始末だった。 タルブの村上空での警戒に当たっていた竜騎士隊も、命の危険のない気楽な任務とばかりに各々好き勝手に空を飛んでいた。 そんな時、一人の竜騎士が上空からこちらに接近してくる竜を発見した。 昨日の交戦でトリステインの竜騎士隊の錬度を把握していた彼は、舌なめずりした。昨日は二機撃墜したが、どうにも物足りないスコアである。 およそ二千五百メイルの高度を飛んでいる敵を見据えながら、火竜を鳴かせて敵の接近を同僚達に知らせようと手綱を引いたその時――竜の頭が突然吹き飛び、彼の胴体は半分以上抉られていた。 (え?) 自分に何が起こったのか理解する機会も与えられない。火竜の喉には、炎の息を吐く為の燃焼性の高い油の詰まった袋が仕込まれていた。音速で飛来する弾丸で吹き飛ばされると同時に着火した油の飛沫は、人一人を燃やし尽くすには十分すぎた。 (なんだ? 何が起こったんだ? あれ、俺……) 彼の生涯最後の幸運は、事態を理解する前に意識が炎に飲み込まれたことであった。 どのような原因によってどのような結果が起こったのか、例え理由がわかったとしても受け入れ難い事実ではあったろう。 超音速で飛来する直径二十ミリほどもある鉛の弾丸が、竜の頭部を風船のように破裂させただけでは飽き足らず、その後ろに座っていた自分もついでに吹き飛ばしたなどとは。 「よし、撃墜一」 今しがた一匹と一人の命を奪った張本人は涼しい顔で嘯いた。 「……なんだ、何が起こったんだ」 今しがた焼け野原へと落ちていく竜騎士が、命の間際に思った言葉と同じ思いを口にしたのはウェールズだった。元々一人乗りのコクピットから無線機を取り外した空間に無理矢理乗り込んでいる故に狭苦しいが、お互いの行動が阻害されるほどでもない。 雲を隔てた下方に竜騎士が見えたその時、鈍い爆発音が機体を震わせたかと思うと、一条の白い光が走り、竜の頭と騎士を一緒くたに吹き飛ばしていた。 「ああ、さっき説明した銃の威力じゃよ。ああ、口径が二十ミリだから砲になるんかな」 「銃!? あれが!? まさか今の音が発射音だったのか!」 ハルケギニアには砲が存在するし、それより口径の小さい銃も存在する。しかしハルケギニアで銃と言えばマスケット銃どまりである。致命傷を与えるどころか、せいぜい手傷を与えるくらいの……治癒手段を持つメイジにとっては玩具程度の認識でしかない。 「わしらの世界じゃ有り触れたモンだ。ま、それにちょいとばかり上乗せしとるがね」 そう言うジョセフの手からはハーミットパープルが伸び、機関銃に絡み付いている。 えてして弾丸は直進しない。特に超高速と長射程が加わる場合、その弾道は直線とは大きくかけ離れた大きな弧を描く。大気や風速を始めとした空気抵抗を始めとし、重力、果ては気温すら弾道に大きな影響を及ぼすのである。 ゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴの力は、一度も発射していない機関銃の弾道をジョセフに認識させていた。目標地点に存在する標的をどの位置から撃てば数秒後に命中するのか、未来予測の計算すら可能にした。 それに加え、ジョセフと機関銃はハーミットパープルで直結されている。 ガンダールヴが弾き出した命中の方程式を、脳から身体、身体からガントリガー、トリガーから砲身……という一つ一つのプロセス毎にかかる僅かなタイムラグを除去し、寸分違わないタイミングで実現していたのだった。 そして何より、搭載している弾薬を無駄遣いするわけにも行かない。 竜騎士隊はジョセフには肩慣らし程度の認識しかなく、本命はレコン・キスタ艦隊。20mm機銃2挺の携行弾数は各125発、7.7mm機銃2挺の携行弾数は各700発。一切の補給が許されない以上、一発たりとも無駄弾を撃つつもりはなかった。 十何隻も居並ぶ戦艦達に立ち向かうには、可能な限り万全を期さなければならない。 「さて、殿下を送り届ける前にあのトカゲどもをチャチャッと片付けてしまわんとな」 かつての母国の誉れとも言うべき竜騎士隊をトカゲどもの一言で片付けられるのにも、今は苦笑しか浮かべられないウェールズだった。 なるほど、このゼロ戦を相手にしてはアルビオン自慢の竜騎士など地を這うトカゲとなんら変わる所はない。 速度は風竜を上回り、搭載する銃は威力も射程も火竜のブレスを遥かに凌駕する。負ける道理を見つける方が難しいとさえ言えた。 「おう相棒、右下から三騎来るぜ」 デルフリンガーが普段と変わらない口振りで敵機の襲来を告げる。 「あいよ、んじゃあちょっくらエースになりに行くとするかッ!」 * ルイズは結局学院に帰る事もなく、レコン・キスタを迎え撃つ為出陣したアンリエッタの後を追って自分もまた戦場に向かっていた。 高く昇っていく太陽に二つの月が重なろうとする中、ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍へ向けて進軍してくる敵の姿が見えた。三色の旗をなびかせ、徐々に近付いてくる。 既に前日の攻撃と焼け野原と化していたタルブの草原を、正に蹂躙し尽くした張本人であるレコン・キスタを目の当たりにし、ユニコーンに跨ったアンリエッタは、着慣れない甲冑の下で恐れに身を震わせた。 王女の側に控えるルイズも、ヴァリエール家三女の誇りを重石にしなければ恐ろしくて逃げ出してしまいかねなかった。 アンリエッタやルイズが生まれてから現在に至るまで、ゲルマニアやガリアとの戦争があるにはあったが、せいぜい国境付近に領土がある貴族同士の小競り合い程度だった。 国と国同士の総力を挙げた戦争は久しく行われておらず、急拵えで集めた二千の軍勢の中でこの規模の戦争経験がある将兵は過半に達していなかった。 知らず起こる震えを誤魔化そうと、アンリエッタは始祖に祈りを捧げた。 だが、それ以上の恐怖はすぐさま訪れる。 敵軍の上空には、傲然とした様さえ伺わせる大艦隊が控えていた。たった一日でトリステイン艦隊と竜騎士隊を壊滅させたアルビオン艦隊である。雲のように空に浮遊する艦の周囲を飛び回る竜騎士の姿すら見えている。 逃げ出したくなる臆病の気を辛うじて唾と一緒に飲み込んだのは、アンリエッタかルイズか、それとも兵士達だったか。これから始まる戦いに絶望しか抱けなかったトリステイン軍に、聞き慣れない物音が聞こえたのはそんな時であった。 まるで口を閉じたまま唸る音が鼻から抜けているような奇妙な音。それが断続的に聞こえてくる。すわ、アルビオンの攻撃かと身構え、空を見上げたトリステイン軍は、更に奇妙なモノを目撃した。 それは空を飛んでいた。フネのように浮いているのではなく、飛んでいた。 竜のようにも見えたが、胴体から生えた二枚の翼をはためかせることもなく、ただまっすぐに広げられている。 その奇妙な竜に向かっていくアルビオンの竜騎士達は、竜の翼や頭から発せられる白い光に貫かれた。ある竜は空中で爆発を起こし散華し、またある竜は減速することもなく地面へ向かって墜落していった。 昨日の戦いを辛くも生き残った兵達は、自分の正気を疑った。 トリステインの竜騎士達に圧勝した竜騎士隊が、たった一騎の竜に立ち向かうことも出来ず、ただ止まっている標的であるかのように撃ち抜かれて行く。 奇妙な竜は天高く空へ向かって上昇したかと思えば、すぐさま急降下して竜騎士の背後を取る。背後を取られた竜騎士は間髪置かず白い光の洗礼を浴び、空から脱落する。 トリステイン軍の中で、あの奇妙な竜が何であるかを知る人間は、一人しかいなかった。 ルイズである。 つい一週間前、タルブの村に置いてあった飛行機。 とても空を飛ぶとは思えなかった代物が、今、現実に空を飛んでいるばかりか、天下無双と謳われるアルビオンの竜騎士隊を歯牙にもかけていない。 「……ジョセフ、ジョセフ、なの?」 あの飛行機を操れるのは、この世界には一人しかいない。 だがルイズの中に、この絶望的な戦況を覆せるかもしれない手段を引っ下げて来た使い魔を誇る気も、主人のピンチに駆け付けて来た忠義を喜ぶ気も、一切なかった。 「……あの、バカ犬ッ!」 思わず漏れた声に、空を呆然と見上げていたアンリエッタが思わずルイズを見た。 「どうかしたの、ルイズ」 アンリエッタが掛けた声で、自分の中で膨らむ感情が思わず口に出ていたのが判ったルイズは、慌てて首を横に振った。 「い、いえ、なんでもありません、王女殿下」 そしてまた、二人の少女は空を見上げた。 アンリエッタは、謎の竜が繰り広げる空中戦に目を見開き。ルイズは、コクピットの中にいるだろう使い魔への心配に満ちた目を眇めた。 (……ジョセフのことだもの。きっと、戦争やってるって聞いて……居ても立ってもいられず飛行機に乗って来たんだわ) 使い魔として召喚してからそれほど長い時間を過ごした訳でもないが、使い魔の気性は十分に理解していた。普段は怠け者でお調子者だが、戦うべき場面に恐れず歩み出すのがジョセフ・ジョースターなのだと。 (……でもジョセフ、アンタ……今、そんな事してる場合じゃないでしょう!? ちょっと我慢してたら元の世界に帰れるんじゃない! どうして来なくてもいい戦争なんかやってるのよ、なんで、どうして……!) 使い魔を元の世界に帰す決意をしたのに、当の使い魔は必要のない戦いに首を突っ込んできている。こんな事なら、いっそ別れの時まで一緒にいればよかったかもしれない。 自分の言葉で使い魔が自分の意志を曲げるとは毛ほども思っていないが、それでも、戦いに行くなと言えたかもしれない。しかし今、使い魔はたった一人レコン・キスタと戦っている。 メイジでも貴族でもない、異世界の奇妙な老人が戦っていると知っているのは、ルイズただ一人。今、あの奇妙な竜を操っているのは自分の使い魔なのです、と言う気にはなれない。言った所でアンリエッタすら信じてくれないだろう。 だが、事実である。 ルイズは飛行機から視線を背けないまま、胸の前で両手を組んだ。 (――始祖ブリミル。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール一生のお願いです。どうか、どうか……ジョセフ・ジョースターをお守り下さい。彼を無事に家族の元へ帰して下さい……) 切なる祈りを捧げるルイズをよそに、ただ空を見上げていたトリステインの軍勢の中から、誰とも知れず声が聞こえてきた。 「……奇跡だ……」 「いや、あれこそ、始祖ブリミルが我々に大いなる力を振るって下さっているのだ……」 都合のいい言葉だが、それを否定する言葉を誰も持っておらず、ましてや絶望に垂らされた一筋の希望を否定する気などあるはずもない。 ルイズと同じくアンリエッタの側に控えていたマザリーニは、兵士達から上がる希望に縋る声にただ追従したりはしない。感情の揺らがない目で竜が空を舞う様を見つめていた。 熱狂に侵食されつつある二千の中で一人、どこまでも静かに戦況を見ていたのはマザリーニ枢機卿だけであった。鳥の骨と貶められいらぬ誤解を受けながらも、前王の崩御以来トリステイン王国を担ったのは紛れもなく彼なのだから。 この戦いに勝算など欠片ほどもなく、ただ名誉を拾いに行くために死にに来たようなものだと考えていた彼は、かの奇妙な竜を目の当たりにしてもトリステインの勝利を描いていない。 (我々が勝てるとすれば、かの艦隊を空から引き摺り落とさなければならない。果たしてあの竜は、ただ一騎で艦隊と立ち向かえるのか?) この場に居る誰一人として、竜騎士を七面鳥の如くあしらう竜の能力全てを知らない。 絶望的な状況の中、一筋の希望を見せている。だが、縋るにしてはその希望はか細い。 もしこの希望さえ潰えたのなら、その時こそトリステイン軍はラ・ロシェールと共に壊滅するしかない。しかし、もしこの希望が縋るに相応しい代物であったのならば、二千の兵を奮い立たせる何よりの要因となる。 (……内から沸き上る衝動すら口に出せないとは。全く難儀な道を選んだものだ) 手綱が湿るほど汗をかいていた掌を裾で拭う様など、アンリエッタですら見ていない。 ――やがて、時間にしておよそ十分強。アルビオン艦隊の周囲を飛行していた竜騎士隊二十騎全てが全滅する。 竜騎士が一騎撃墜される度に大音声の歓声を上げていたトリステイン軍は、今しがた竜騎士隊を全滅させた竜がラ・ロシェールに向かって飛んでくるのを見ていた。 竜が近付いてくればくるほど、唸り声のような音は大きく響いて聞こえてくる。 つい先程までアルビオンの竜騎士隊と戦っていた竜が何故こちらに近付いてくるのか、理由を計りかねるトリステイン軍は一様に竜を見上げる以外に対処の仕様がなかった。 接近するにつれて少しずつ高度を落としていた竜は、自分を見上げている四千の眼の上を誰も見たことのない猛スピードで通り過ぎたかと思うと、街に聳える巨大な樹を回り込む軌道で戻ってきた。 竜は再び艦隊へ向かう進路を取りつつ、トリステイン軍の頭上を悠々と渡っていく。 そして竜がアンリエッタ達の頭上を飛び越えていったその時、竜から何者が飛び出した。 反射的に銃や杖が向けられるが、しかし今の今まで竜騎士隊と交戦していた竜から現れた人影へ問答無用に攻撃を仕掛ける者は居ない。 トリステイン軍の前方、アンリエッタの付近へ向けて落ちてくる最中にフライの魔法を唱えた影は、マントを風にはためかせながら声も限りに叫びを上げた。 「アンリエッタ!」 風に乗せられて届いた声に、アンリエッタの目がこれ以上はないほど開かれた。 「ウェールズ様!? ウェールズ様なのですか!?」 王女の口が紡いだ名は、呼ばれるはずのない名前だった。 トリステインの王女が様を付けて呼ぶ「ウェールズ」はレコン・キスタとの戦いで華々しい戦死を遂げ、既にこの世の者ではないと言う事になっているからだ。 返事をする間も惜しいとばかりに、ウェールズは一直線にアンリエッタの側へと降り立った。 突然の事に周囲のメイジ達が一斉に杖を向けるが、マザリーニは彼をアルビオン王国皇太子であるとすぐさま判別をつけた。 「各々方待たれよ! この方はアルビオン王国が皇太子、ウェールズ・テューダー様なるぞ! 今すぐその杖を下ろされい!」 その声に杖は幾許かの躊躇いの後で下ろされるが、アンリエッタとウェールズは杖の行方など最初から一瞥もくれていなかった。 アンリエッタはこれまで辛うじて続けてきた王女としての振る舞いを今ばかりは完全に忘れ、ただの恋する少女に戻ってしまっていた。 「ああ、ウェールズ様! この様な時に来て下さるだなんて……!」 それでも人目も憚らず抱擁を求めてしまうほど自分を見失ってはいなかったが、右手までは気持ちを抑えることも出来ず、ウェールズを求めるように伸ばされていた。 ウェールズは恋人に向けて差し出された手を、王子としての手で取ると、自然な動作で甲に唇を落とした。 「話は後だ、アンリエッタ・ド・トリステイン。僕はアルビオン王国の生き残りとしてトリステインへの援軍に来ているんだ。もうすぐ艦隊からの砲撃が始まる、すぐに部隊を集めて――」 ウェールズの言葉が終わるのを待つこともなく、竜騎士隊を全滅させられた艦隊は多少の被害に構わず、当初の予定通りラ・ロシェールへの艦砲射撃を開始した。 何百発もの砲弾が空から轟音を伴って降り注ぎ、岩や馬は言うに及ばず、兵士達を吹き飛ばす。これまで目の当たりにした奇跡で高揚した士気を持ってしても、兵達の動揺を留めることはできなかった。 「きゃあ!」 思わず目を固く閉じて身を竦めたアンリエッタを庇うように立ったウェールズは杖を一振りし、風の障壁を周囲に張り巡らせる。 「マザリーニ枢機卿!」 「承知しております!」 王女から少女に戻ったアンリエッタをウェールズに任せ、マザリーニは素早く周囲の将軍達と即席の軍議を終えた。マザリーニの号令に合わせ、メイジ達は一斉に杖を掲げて岩山の隙間を塞ぐ形で風の障壁が張り巡らされる。 砲弾は障壁に阻まれてあらぬ方向へ飛ばされるか空中で砕け散ったが、それでも全てを防げる訳ではない。障壁の隙間を潜り抜けて砲弾が着弾する度に土煙と血飛沫が撒き散らされた。 「この砲撃が終わり次第、敵の突撃が開始されるでしょう。それに立ち向かう準備を整えねばなりませぬ」 「勝ち目は……あるのですか?」 怯えを隠せなくなってきたアンリエッタの声に、マザリーニは心の中で首を振った。 勇気を振り絞って出撃したものの、彼我の戦力差は比するまでもない。砲撃は兵の命だけでなく人の勇気を打ち砕き続けている。 しかし、今でこそただの少女に戻ってはいるが、昨日の会議室で威厳ある王女としての振る舞いを見せてくれたアンリエッタに現実を突きつける気にはなれなかった。 五分五分だ、と精一杯のおためごかしを言おうとしたその時、ウェールズの静かな声がアンリエッタに投げられた。 「――ある。十分だ」 ウェールズはアンリエッタではなく、艦隊を遠巻きに旋回しているゼロ戦を見上げながら呟いていた。 「砲撃が終われば、その時が反撃開始の時間だ。それまで、持ち堪える」 着弾の度に揺るぐ地面の感触を感じつつ、愛する少女を守る為に青年は杖を掲げた。 * 竜騎士隊を全滅させた後、ジョセフは本来の目的であるウェールズの送迎を済ませた。 ラ・ロシェールに進行する艦隊をゼロ戦一機で殲滅できるとは思っていない。竜騎士の七面鳥撃ちは出来るにしても、爆弾の一つも搭載していない戦闘機が戦艦に立ち向かおうとするのは無謀としか言い様がない。 「救いは二十ミリを結構温存出来たっつーことだが……それにしたってハンデデカいぞ」 二千メイルの上空を維持したまま、艦隊の射程外を遠巻きに旋回する。闇雲に攻められるのは竜騎士に対してのように、圧倒的な戦力差があってこそである。 今はジョセフが圧倒的に攻められる番のはずだが、艦隊はこちらにさして構う様子すら見せずトリステイン軍に艦砲射撃を開始していた。何門かの砲門がこちらに向いているが、あくまで無闇な接近を阻む威嚇射撃らしき散発的な砲撃である。 それだけ戦力差が絶望的に開いている、という証左であった。 「相棒、それはいいんだがガソリンは足りるのかね。日蝕までもうすぐだが、今のでかなり吹かしたんじゃねえのか? 俺っち怒んないから正直に言ってみな」 「しょーじき、厳しい」 燃料を満載にしていれば三千kmは優に飛行できるゼロ戦だが、日蝕に飛び込むまでどれだけ上昇するのかはコルベールすら把握していない。無事に元の世界へ帰還できたとしても、どこに出るか判らない以上、ある程度は燃料に余裕を持たせねばならなかった。 「あいつらの弱点は見えとる。空の上から攻め込む戦艦は、砲を真上に向けるようには作っちゃおらん。撃てたとしても自分で撃った砲弾を頭に食らう覚悟はないだろうがなッ」 一番手堅いのは、敵艦の頭上を取って急降下掃射を浴びせ反転急上昇、再び急降下掃射、という手を取る事であるが、そんな機動を繰り返せば燃料も弾薬もすぐ尽きる。 しかしジョセフは躊躇わない。 「ここで引いたら男がすたるッてな!」 口の端をにやりと吊り上げ、機体を急上昇させていく。 雲を突き抜けた先で双月に隠れようとしている太陽を横目で見た後、そのまま間髪入れず宙返りして艦隊へと急降下していく。 「行くぞッ!!」 艦隊の中央に陣取る、周囲の戦艦と比べても一際大きなレキシントン号。 遥か眼下、照準器に刻まれた十字にレキシントン号を捕らえると、ハーミットパープルではなくガントリガーを力の限り引いて両翼の機関砲に火を噴かせる。 「これでも食らえッッ!!」 出し惜しみすることをやめた二十ミリ砲弾と七.七ミリ銃弾が空を引き裂き、レキシントン号へと吸い込まれていく。 元からの火力に急降下の速度と重力、そしてガンダールヴの能力の助けを受けた砲弾は一発一発が必殺の威力を手に入れている。直撃を受けたレキシントン号のメインマストは中程から折れ下がり、甲板を貫いた弾丸は直撃を受けた不幸な水兵を物言わぬミンチに変えた。 だが、そこまでだった。 「……チッ、ビクともしとらんな」 アルビオン艦隊の射程から逃れるべく四千メイルの上空で再び急上昇を掛けながら、なおもふてぶてしく空に聳えるレキシントン号を睨み付けて舌打ちをする。 渾身の斉射は少なからずの被害を与えていたが、レキシントン号ほどの巨艦を大破轟沈させるにはどうしようもないくらいに役者不足だった。 60キロでなくとも30キロ爆弾があれば、木造のフネなどあっと言う間に炎上させられていただろうし、一機だけでなく複数の僚機がいれば多大な被害を与えられていたはずだ。 しかし今、ハルケギニアの空を飛ぶ戦闘機はジョセフのゼロ戦一機だけだった。 二十騎もの竜騎士を容易く屠れはしても、巨大戦艦群を相手取れる性能はない。 「弾切れになるまではブチ込んでやらにゃあなるまい……これ以上好き勝手させてたまるかッ!」 ジョセフ本人もこれ以上は徒労になるとは理解している。 しかしジョセフの気性に加え、「敵の手の届かない所から撃てる」というある意味気楽な立場は、もう一度攻撃を行う踏ん切りをつけるには十分だった。 「撃ち尽くしたら逃げるッ!」 力強い宣言をした後、二度目の宙返りからの急降下斉射にかかる。 再び機首と両翼から撃ち続けられる弾丸がレキシントン号とは別の艦船に叩き込まれる。 しかし結果はレキシントン号と似たり寄ったりの結果でしかなかった。 メインマストを破壊し、ひとまずの被害を与えたもののせいぜいが小破止まり。 「相棒、これ以上は無理だ。逃げな」 戦況を冷静に把握しているデルフリンガーが呟く言葉に、ジョセフはまた舌打ちして操縦桿を握り直す。 「チ、これが限界じゃな。ところでお前はどうするんじゃ」 「ここから放り投げるなり連れてくなり好きにしてくれよ。でも六千年も見てきた世界より、相棒の来た世界とやらを見てみたい気もするな。良かったら連れてってくれるかい」 「了解了解、じゃあ行くとするか……」 そう言いながらペダルを踏み込み、スロットルレバーを動かす。 「……む?」 「どうしたよ相棒」 デルフリンガーに返事する前に、再びハーミットパープルを這わせる。 茨から伝わってきた情報に、ジョセフの全身から汗が噴き出した。 「……まずいな、エンジンが焼け付いてきとる」 「なんだって? 今の今まで普通に飛んでたじゃねーか」 「この前試験飛行しただろ。本当は一回飛ぶ度にエンジンバラして全部の部品を調整せにゃならんのだが、そんな時間もないし大丈夫だろうと思ってたんだが……固定化の魔法ってそんなに信用できんかったんじゃなあ」 「じゃなあ、じゃねえよ! 固定化は物の劣化を防ぐだけで損傷まではカバーしねえんだよ!」 「だったら最初から言ってくれよ! つい調子乗って試験飛行やっちゃったじゃないか!」 「うるせえ! いい年して調子こくから本番で困るんだろが!」 不毛な言い争いをしながら、ひとまず滑空状態のまま空域から離れる。 現状、まだ飛行は維持できるが急上昇急降下急旋回などの機動をすれば、場合によっては更なるエンジントラブルを引き起こし、最悪の場合は空中でエンジンが破壊される可能性も有り得るという見立てだった。 「ふぅーむ。こいつぁ参ったな……掻い摘んで言うと、帰れんくなったっつーこった」 「気楽に言ってんじゃねえよ! しゃあねえ、じゃあどっかに着陸して……」 「いや、このままあいつらをほったらかすとろくなことにゃならん」 「おいおい、もう何も出来ないだろ。これ以上何かするってったら……」 そこまで言って、デルフリンガーはある可能性に行き当たった。 まさかとは思ったが、そんな常識が通用しないのが今の相棒である。 「このゼロ戦のパイロットには伝統的な戦法があってな」 「おい。ちょっと待て。もしかして、この飛行機をあのデカブツにぶつけようとか、そんな無謀なことを考えてるわけじゃないよな?」 「よくわかったな」 「……無茶苦茶だ、幾ら何でもそりゃねえよ」 六千年、使い手含めて様々な人間に握られてきたが、こんな無謀な手を考え付き、あまつさえ実行に移そうとする人間は見たことがなかった。 「なぁに、わしは手近なフネに飛び移ってハイジャックするつもりじゃ。死にはせん」 「おい、考え直そうぜ。それはあんまりにもあんまりだ」 言葉だけ見ればジョセフの翻意を促しているが、その言葉の響きはいかにも楽しげであった。 「まぁ、相棒がどーしてもって言うなら付き合ってやらんでもないがな!」 「よし来た! んじゃちょっくら行くとするかッ!」 艦隊の射程外を飛んでいたゼロ戦を上昇させ始め―― 『待ちなさい! そんな勝手なこと、主人の許しもなしにやらせないわ!』 不意に聞こえたルイズの声に、思わず上昇を抑えた。 「ルイズ!? ルイズなのかッ!?」 To Be Contined → 戻る
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「そこでわしは言ってやったッ! 『お爺さん、どうして頭に赤い洗面器を乗せてるんですか』となッ!」 巻き上がる大爆笑。 生徒達だけでなく使い魔達まで大爆笑だ。 授業が終わった後の教室で、ジョセフを囲んでの談笑は今日も非常に盛り上がっていた。 ヴェストリ広場での決闘から数日が経ち、ジョセフを友人と呼ぶ生徒は二桁に達した。 放課後にこうして教室でダベり、特に実りのないバカ話をするのが最近の流行だった。 あの決闘騒ぎは学院中の生徒が見物していたため、ジョセフに面白半分に決闘を挑もうとする生徒も多くなるような気配を見せていた。 だがジョセフの友人となったギーシュとキュルケが「ジョセフに決闘挑んだら次はそいつに私達が決闘挑んでブチのめす」と宣言した。 ジョセフ一人ならともかく、ギーシュもキュルケも学院では有名な実力者である。 特にキュルケはトライアングルメイジ。 そんな腕利き達と決闘を三回やって生き延びられる自信のある生徒がいるわけもなく、ジョセフは決闘の嵐を見事に避ける事が出来た。 よって放課後は誰に気兼ねすることもなく、ジョセフは友人達と他愛もない話に興じていられるのだ。 しかもジョセフは68年もの間、普通の人間より波乱の多い人生を過ごしてきた人間である。 話半分のホラ話と受け止められても、その荒唐無稽さや愉快さは並大抵の吟遊詩人や道化師では足元にすら及ばない。 その評判を聞きつけた生徒が物は試しとやってきて、ジョセフの話術に引き込まれて友人を名乗る事になる……というのが、大凡のパターンとなっていた。 実際、二十世紀中盤のニューヨークで、口先三寸と肝っ玉の太さとイカサマハッタリを駆使してたった一代で不動産王になったジョセフである。 中世レベルの貴族子弟を虜にすることなど、文字通り「赤子の手をひねる」ようなものだ。 だがこの場に、ジョセフの主人であるルイズの姿はなかった。 最初のうちこそ無理矢理ジョセフを引っ張って連れ帰っていたルイズだが、人数が増えるごとに「何だよ面白いところなのに空気読めよゼロ」という冷たい眼差しが強く多くなっていき、今では話が終わるまではさしもの彼女といえども近付き辛くなっていた。 無論、その後での躾と称した八つ当たりはジョセフに向けられるものの、鞭打ちでさえ効く様子がないのでストレス解消にもならない。 ルイズが疲れ果てたところで、「んじゃ洗濯物出していただけますかのォ」などとあっけらかんと言うものだから、主人としての威厳も何もあったものではない。 挙句に二股で悪評高いギーシュやにっくきキュルケからさえ、「ジョセフの扱い酷すぎ、ジョセフが可哀想だ何とかしろ」と苦言を呈されては怒りは溜まるばかりだった。 「だって言う事聞かないんだもの! 私の前では何も本当の顔を見せてくれないんだもの!」 一躍ジョセフの名を有名にした「ヴェストリ広場決闘事件」があったにも拘わらず、ルイズの前での彼は今まで通りのボケ老人と変わりがなかったのである。 しかし彼の名誉のために付け加えるとすれば、正体がバレたジョセフは大人しく今までのボケ老人のフリをやめて、「有能な使い魔」として頑張ろうとしていたのである。 だがルイズには今まで「自分を信用せずにボケ老人のフリをしていたジョセフ」を許せない気持ちと、「平民のクセにメイジのような能力を持っているジョセフ」を妬む気持ち、そして何より「誰からも慕われるジョセフ」が羨ましい気持ちが強すぎた。 だからルイズはジョセフに辛く当たってしまうことしか出来なかった。罰と称して鞭打ち、食事を抜き、更なる雑用を言い付けて。 それがどのような結果をもたらすかは、愚鈍ではないルイズは十分に理解していた。 「ゼロのルイズに、あんな有能すぎる使い魔は勿体無い」。そんな陰口が、新たに聞こえた。 私は図書館で、魔術書を読み耽っていた。でも頭の中には内容は入ってこない。私の使い魔、ジョセフの事ばかりが邪魔して何も頭に入らない。 こんなことなら、使い魔なんか召喚出来なかった方が良かったかもしれない。 二年に昇級するためのサモン・サーヴァントの儀式。 何回も失敗して、失敗して。やっと成功したと思ったら召喚されたのは図体の大きい平民の老人。成功しても結局、馬鹿にされた。 なのに。 馬鹿にしていた平民は、『ゼロ』のルイズよりずっとメイジらしくて。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールより、ずっと貴族らしい。 何と言う皮肉なのか。 私が欲しくても手に入らなかったものを、ジョセフは最初から全て手に入れていた! しかも手に入れているものを隠して、私を馬鹿にして、笑っていたんだ! 泣いてはダメ、泣いたらどうしようもなくなる。今まであんなにバカにされても泣かなかったのに、あんな、あんなウソツキの為に泣いてたまるか―― でも私は、何度も泣いた。 友人達と楽しげに談笑して、あいつは帰ってくる。そして素知らぬ顔をして、いつも通りにボケ老人に戻るんだ。 ゴーレムを打ち倒し、人の怪我さえ治せるジョセフは私の前には現れないんだ。 どうして? どうして? 私が未熟だから? 『ゼロ』だから? 使い魔にさえ馬鹿にされるメイジなんて、聞いたことない―― 「隣、いい」 不意に掛けられた言葉が、ルイズを思考の迷宮から現実に引き戻した。 そこに立っていたのは、キュルケの隣にいつもいる少女……だがルイズは、名前を知らない。 「別に……、私の席じゃないもの」 潤んだ目を見られないように、顔を背けた。 彼女はそれを了承と取ったのか、ルイズの隣の椅子を引いて腰掛けた。 彼女が椅子に座ったのと入れ替わりに、ルイズは席を立とうとして……彼女に、袖を引っ張られた。 「貴方に、話がある」 その言葉に、ルイズは過剰に反応するようになっていた。 決闘事件から向こう、彼女に話があると切り出してきた人間の話題は決まってジョセフのことばかりだった。 「……何?」 もはや反射的に言葉に棘を含ませるルイズの冷たい眼差しに、彼女はただ静かに視線を合わせるだけだった。 「彼は、貴方に心を見せたがっている」 唐突な言葉。ルイズは、続いて吐き出そうとした言葉を思わず飲み込んだ。 「……何が?」 意表を突かれたルイズは、思わず彼女に問いを投げていた。 「ジョセフ・ジョースターは主人である貴方を知りたいと思っている」 「……あんたに、何がわかるのよ?」 ルイズの心が、逆毛立つ。知ったような顔で知ったような言葉を吐く彼女に、怒りが芽生えた。 「彼はこの学院にいる誰よりも心の中が貴族」 だが彼女は、ルイズの怒りを見ていながら、容易く無視して言葉を続ける。 「彼はきっと、本当に勝ち目がなかったとしてもギーシュに決闘を挑んだ」 彼女は淡々と言葉を紡ぐ。ルイズにとっても同じ思いである認識を。 ジョセフはきっと、全く無力であったとしてもシエスタを侮辱したギーシュに決闘を挑んでいただろう、と。 「でも。貴方が彼を信頼しようとしていないのに、彼から信頼を求めるのは傲慢」 いきなり思ってもいなかったところから、彼女の切っ先鋭い舌鋒がルイズの心臓を狙った。 「貴方の召喚で彼が呼ばれたという事は、きっと貴方というメイジに最も相応しい使い魔が彼だという事。それは否定しない」 ただじっと正面から視線を合わせ、言葉を続ける彼女。 彼女の冷徹な視線に、ルイズは知らず気圧されている気配を感じていた。 「使い魔である彼がカットされたアメジストだとしたら、主人である貴方は掘り出してすらいない原石。使い魔は仕えようとする意思があるのに、主人は仕えさせようとしていない。私にはそう見える」 ルイズは心のままに反論しても良かった。だが今のルイズに、彼女を論破する自信など皆無だった。ただ感情に任せて否定の詞を返すしか出来ないと、自覚は出来ていた。 だからルイズは、ただ口を固く結んで彼女の言葉を聞くしか出来なかった。 「どんなに美しい宝石でも研磨しなければただの石と同じ。アメジストに飾られる石にただの石ころを用意する人間はいない」 つまり。当の主人が仕えさせるに相応しい心構えを持たずに使い魔を拒絶しているから今の状況になっているのだ、と。 彼女はただ、真実だけを指摘していた。 静かな図書室の一角でぽそぽそと紡がれる言葉は、やがて終わりを迎えた。 「――彼は、石ころにアメジストを飾ることも厭わない。けれど石ころに美しいアメジストをあしらった貴方を、貴方は果たして許せるのか。私はそれを問いたい」 ジョセフはそれでも無能な主人にただ傅く事を選びもする。だが果たして、主人たる資格や義務も見せようとしないルイズは、傅かれているだけの自分を許せるのか。 ただ嫉妬や憤りをぶつけて憂さを晴らしているだけの存在でいることを許せるのか? 彼女の無表情な瞳は、強く強く、そう問いかけていた。 ルイズは、下唇を痛いほど噛み締めて。搾り出すように、たった一言呟いた。 「……あんたに、何がわかるって言うのよ」 そう言ってから、彼女の返事を待たずに駆け足でその場を去っていった。 「おーいタバサー。そろそろ夕食だから晩御飯食べに行くわよー」 『図書室では静かに』と書かれた張り紙の前で遠慮なく大声を出して友人に呼びかけるのは我らが『微熱』のキュルケ。 声をかけられた「友人」であるらしい彼女は、つい先程までルイズに言葉を掛けていた時とは違い、ただ無言で本を読み続けていた。 「……わかった」 ぱたん、と閉じた本に杖を向け、本棚に本を戻す彼女――タバサ。 「そう言えばさっき、なんかルイズがものすごい勢いで走ってったけど。何かあったの?」 「……知らない」 無表情なタバサの言葉に、キュルケはそれ以上何も疑うことをしなかった。 その日の夕食も、ジョセフは厨房で普通に食事を取っていた。今日の賄いはジョセフ直伝、肉の切れ端をミンチにして様々なつなぎを合わせたハンバーグステーキ。 「こいつぁ貴族様方に出すには勿体無い味だぜ!」と厨房でも大好評を博し、ジョセフも十分に満足して部屋に帰ってきた。いずれマルトーは様々な創意工夫を加え、もっと美味に仕上げてくるだろう。それが楽しみで仕方がない。 だがジョセフは合計で三ヶ月もの食事を抜かれている身分。主人が帰るよりも早く部屋に戻っていないと、また主人はがなり立てて鞭打ちの罰を与えてくるに違いない。 終わった後でエネルギーを使い果たしてへたれる主人の姿はどうにも痛々しい。 「ルイズものう……どうすりゃいいんじゃろ」 どうにも孫の反抗期がひどくて困ってる祖父の顔そのままで、ジョセフは唸った。 承太郎も大概反抗期が酷かったが、それでも性根は優しい子だった。 ルイズもきっと性根は優しいんだろうと信じたい。その片鱗も見えてないので、もはや希望としか言い様がないのが悩みどころである。 人心掌握術が使えない訳じゃないのは、数多い友人達が証明している。 自分に何らかの形で興味を持っている人間との対話は出来るが、自分に興味を持たない人間との対話は難易度が飛躍的に上昇する。 「長いこと生きとっても、ままならんことはあるからのう。ま、気長にやるわい」 常人には針の筵と思えるようなルイズの居室も、ジョセフにとっては機嫌の悪い子猫がひっかいてくる部屋という認識でしかない。 随分と早く帰ってきたので、まだルイズは食堂だろう。そう考えて扉を開けたジョセフの目に、ベッドに脚を組んで腰掛けているルイズの姿が見えた。 「……お、おおぅご主人様。ご機嫌麗しゅう」 「遅かったわねジョセフ。どーこで道草食ってたのかしらー?」 いつものように怒り狂っていない。それどころか、微笑すら浮かべている。 こいつぁヤバくね? ルイズの微笑を見た瞬間、ジョセフは瞬間的に心の中の警報レベルを最大にした。具体的に言うとDIOの館に突入する時のレベルである。 「何怖い顔してるのよ。そこに座んなさい」 そう言いながら顎で毛布を示すルイズ。 ひとまず様子を伺う為、従順に命令に従うジョセフ。 言われた通りに正座するジョセフを見やり、ルイズはどこか満足げに頷いた。 「ええと、ジョセフ。あんたに話があるわ」 「は、はあ」 「やっぱりあれよ、今までちょーっと使い魔に厳しすぎたかもしれないわ私! そこは反省しなくちゃならないわね!」 ジョセフに語りかける、というよりは自分に言い聞かせるような演説口調。 さすがのジョセフの頭にもクエスチョンマークが複数生まれていた。 (……ついにマルトーは食事に悪いモンを混ぜてきたんか?) 有り得ない想像すら誘ってしまうほどの唐突なルイズの発言に、鳩が豆鉄砲食らった顔そのままの顔をするしか出来ないジョセフ。 「だから食事抜きとか全部チャイ! で、私の使い魔なんだから私の護衛とかちゃんと出来ないとね! だから次の虚無の曜日に街に武器を買いに連れてってあげるわ!」 ものすごい早口でまくし立てながら、視線を虚空にさ迷わせるルイズ。 ルイズにとって自分の中の「使い魔に尊敬される立派な主人像」を考えて、懸命にシミュレーションして練習していたものの、予想していたよりジョセフが帰ってくるのが早かった。 結果、練習も程々に本番に挑んでいるというのが今の大惨事の事情であった。 それからも懸命にあれやこれや言っているルイズの言葉から、高難度の取捨選択をしていったジョセフは、辛うじて「もしかしてルイズは使い魔に譲歩しようとしているのではないか?」という仮定に達することが出来た。 ちなみに毛布の上に座ってからこの答えに達するまでに、窓の外の月は随分と動いていたことを付け加えておく。 (……なんじゃ。ルイズも悩んでおったんじゃな) 図書館の少女の言葉に背中を蹴飛ばされ、やっと行動に移る気になったのはジョセフの与り知らないところである。 だが、もがきながら手探りでも歩み寄ってきた彼女に、ジョセフは優しい苦笑を浮かべた。 「ん? どうしたのよ。なんかご主人様に不満でもあるの?」 「……いやいや。なんでもありませんわい」 ジョセフは笑って、決断を下す。 誰にも見せていない、最大の秘密であるハーミットパープルを見せようと。 この状況で、自らの切り札を用意に曝け出すのは危ないと判断し、ギーシュやキュルケにすら秘密にしていた類のものである。 そもそも見えるかどうか怪しいとも思ってはいるが、とりあえず出してみてから判断しよう。 ジョセフは、「ではもう一つ、お見せしたいものがあるんですじゃ」と、言葉を発し。 「どうしてご主人様に隠し事ばっかりしてるのよこのボケ犬ゥゥゥウゥッッッッ!!!」 食事を再び三ヶ月抜かれることになったとさ。 To Be Continued →
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第一話 うわっ面 -Surface- 第二話 異世界 -The different world-
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学院に辛うじて帰還した四人は、ひとまず報告に行く前に風呂を浴びる。本来ならすぐに行くべきだが、土くれのゴーレムと大立ち回りを繰り広げた四人は埃塗れで、とても人様の前に出られる格好ではないというのが大きかった。 それに夜に出て行って早朝に帰ってきたのだから、そんなに急ぐこともあるまいというオスマンの心遣いもあったのだが。 そして身なりを整えた四人から、学院長室で報告を受けたオスマンは頭を抱えた。 「あー、やっぱ酒場で尻撫でて怒らなかったからっていう理由だけで秘書選んだらあかんかったのう。新しい秘書どうしようかのう」 本気で頭を抱えるオスマンに、ジョセフが呆れて口を開いた。 「のうご主人様や。コレ斬り殺してええんかの」 「俺っちもこれは手打ちにするしかねえんじゃね? とか思うぜ」 「あたしも異論はないけど腐っても学院長だから」 「つまらないことで罪に手を染めてはダメ」 「ヴァリエールの家が罪に問われるから自重なさい」 本人を前にして酷いセリフを言い放題だったが、さすがにオスマンも後ろめたいことがありすぎるので何も言い返せない。コッパゲことコルベールも口笛吹きながら目をそらしている。彼もフーケことミス・ロングビルに誘惑されてあれやこれや話した前歴がある。 「……そ、そうじゃ。とりあえず、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーの二人にはシュヴァリエの称号授与を申請させてもらおう。ミス・タバサは既にシュヴァリエの称号があるから、精霊勲章の申請でええかの」 空気を変えようと苦し紛れに出た言葉に、ルイズが勢い良く食いついた。 「え!? タバサ……あんたってもうシュヴァリエ持ってたの?」 「シュヴァリエってなんじゃい」 「爵位としちゃ低いけど、純粋な武勲を挙げた時だけもらえる爵位よ!」 必要最低限の説明をしたところで、はた、と気付いたルイズがオスマンに振り返る。 「あの、学院長。ジョセフには何もないんですか?」 「あー……彼は平民じゃからの。爵位や勲章を授与するわけにはいかんのじゃよ」 やや残念そうに答えるオスマンに、ルイズが思わず机に両手をかけて詰め寄る! 「そんな! 彼はフーケ討伐にもっとも尽力したのに、何の褒賞もないなんて……!」 「あーあールイズや、ええんじゃよ。わしには過ぎた御褒美を前払いでもらっとる」 すわ、キスのことをからかうつもりか、と三人の少女に異なった種類の緊張感が走る。 だがジョセフは優しげに微笑むと、ルイズの横に歩いてきて、わしゃわしゃと頭を撫でた。 「こんなに可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ」 見る見る間に、耳どころかうなじまで真っ赤に染まっていくルイズの顔。 何事かを言おうとして、あ、う、あ、と言葉にならない声を発した後、何かを言おうとするのを諦めた。代わりに、ジョセフの脇腹へ渾身のチョップを叩き込んだ。 それを見てからかうキュルケ、懐から本を取り出して読み始めるタバサ。 わいやわいやと少女達特有のかしましさを目を細めて眺めていたオスマンは、キリのいいところでパンパンと手を叩いて騒ぐのを止めさせた。 「よし、諸君らも疲れておるじゃろうから今日はゆっくりと休みなさい。今夜は予定通り『フリッグの舞踏会』を執り行うからの、寝不足でクマなんか作ってせっかくの美貌を台無しにせんようにの」 その言葉に、三人の少女と一人の老人は横一列に並ぶと、オスマンに一礼し。それぞれ学院長室を後にする。 だがジョセフだけは、ルイズに断りを入れつつも学院長室に残った。 「聞きたいことがあるっつー顔じゃの、ジョースター君」 「お駄賃代わりに色々と聞かせてもらいたいこともありましての」 二人の老人が、ニヤリと笑いあう。 「ミス・ロングビル。お茶を……って、おらんのじゃった」 「なんじゃったらわしが淹れましょうか」 「いやいや、魔法で何とかするわい。これから練習もせにゃならん」 おっかなびっくり淹れた茶を飲みながらの、文字通り茶飲み会議が始まった。 破壊の杖に関する経緯を聞き、ハーミットパープルは内密にと言う根回しを経た上で、ある意味本題とも言える左手の義手に刻まれたルーンを見せた。 「ここに来てからというもの、わしには色々と説明し辛いことが多々起こりましての。わしの見立てでは、おそらくこいつが原因ではないかのうと」 ジョセフの言葉と、鉄の義手に刻まれたルーン。 それらを勘案しながら、オスマンはズズ、と茶を啜った。 「それに関しては既にミスタ・コルベールが調べておった。それは『ガンダールヴ』の紋章と言って、伝説の使い魔に刻まれるルーンだということじゃ。 今では失われた『虚無』の使い手の使い魔の証であると同時に、この世に存在する全ての武器や兵器を扱うことが出来る能力を持つ、ということじゃの」 オスマンの言葉を聞きながらも、やや首を傾げてジョセフが問う。 「武器や兵器……ということは、わしには波紋と言う力があるのですがの。その波紋を身体に流した時もどうやらガンダールヴの効果が出ているようなんですじゃ」 「その波紋と言う力がどういうものかは詳しく知らんが、それが『戦う為に生み出された技術』であるというなら、生身でも武器や兵器と認識されたのかもしれんのう」 「……まあ、一概に違うとは言い切れませんからの。ですが……わしがガンダールヴということなら、ルイズは虚無の使い手じゃと考えていいんですかの」 冷め掛けた紅茶のカップを手の中に残したままの質問に、オスマンは眉を顰めた。 「十中八九……とまではいかんが、わしらはそう考えておる。じゃが、現在では虚無の使い手はおらんし、この学院でも当然虚無の使い方を教授することはできん。 そして虚無の力があるとなれば、ミス・ヴァリエールが望むと望まんに拘らず、厄介事に巻き込まれる危険性も孕んでおる。そのため、もうしばらく……彼女には、『ゼロ』の仇名を甘受させる事になる。教師としてこれほど酷い仕打ちはないとは思うとるんじゃが」 辛そうに言葉を紡ぐオスマンを見ながら、ジョセフはカップに口をつけた。 いじめにも似た境遇を把握していながらも、それを解消する為の手段を見つけられずに手をこまねくしか出来ない悲痛を、白い髭の向こうに見取ることが出来た。 だからジョセフは、緩い笑みを浮かべて、言った。 「何。わしはヤンチャな娘を育てた事もありますし、手の付けにくい孫もおりました。それに比べたら、ルイズはワガママな子猫みたいなモンですじゃ。それに僭越ながら、あの子は意外と芯の強い子ですからの。どうか見守ってやって下され」 精悍な顔立ちと、年には似付かない鍛えられた肉体を持つ目の前の使い魔の言葉。 オスマンは、満足げに頷いた。 「この世界には『メイジの実力を見るには使い魔を見よ』という言葉がある。言葉通りの意味もあるんじゃが、メイジが召喚する使い魔は最もそのメイジに見合った使い魔が召喚される、という意味も持ち合わせておるんじゃ。 ジョセフ・ジョースター君。君はきっと、ミス・ヴァリエールが必要としたから、この世界に召喚されたんじゃろう。もうしばらく、君に苦労を背負わせる事になってしまうが。是非、あの子を見守ってやって欲しい」 ジョセフは、普段通りのニカリとした笑みを浮かべた。 「さっきも言いましたじゃろ? わしは可愛らしいご主人様の下で働くことが出来ること自体が過ぎた幸せです、とな」 その日の夜、『フリッグの舞踏会』は盛大に執り行われた。 土くれのフーケを学院の生徒が急遽追跡して捕縛した、ということで、その中心である四人は自然と舞踏会の主役になることが決定していた。 ジョセフは壁際で御馳走片手に友人達に武勇伝を語って聞かせ、キュルケは言い寄ってくる男達に囲まれて引く手も数多。タバサは巨大なローストビーフと格闘しつつも、追加される料理にも一通り手を出し続けていた。 そして、最後の一人は、やや遅れて登場した。 衛視の大仰な呼び出しの後、壮麗な門から現れたルイズの姿は、ジョセフでも「おぅ」と目を釘付けにしてしまうような、パーティードレスを見事に着こなした姿だった。 立ち居振る舞いは確かに由緒正しい公爵家の御令嬢であると証明していた。 (馬子にも衣装……つーのは違うのう。なんのかの言ってお貴族様なんじゃよなあ) と、普段の子猫っぷりとはまた違った雰囲気の淑女を見ていれば、ジョセフの姿を見つけたルイズが、優雅だけれど少々早足に彼の元へと近付いてきた。 そして友人達の輪が自然と彼女を迎え入れる形で開くと、ルイズはジョセフの目の前で立ち止まり、ぐ、と顔を見上げる。 「……ええと。ほら、あれよ。ちょっと、こっち来なさいよ」 「おいルイズ、ジョジョを独り占めしてんじゃねーよ」 ジョセフを有無を言わさず連れ出すルイズに、友人達から不服げな声が漏れるが、ジョセフは微苦笑を浮かべながらも片手で作った手刀をかざし、すまんの、と口だけで言葉を残した。 そのままパーティー会場のバルコニーへ来た二人は、夜空の空気に身を晒しつつ、何を言うでもなく手すりに腰掛けて横に並んだ。 「……あの、その。ちょっと、色々と聞きたい事があるのよ」 「わしに答えられることならなんなりと、ご主人様」 緩く指を絡めて手を組み合わせたジョセフを、ルイズは横目で見やる。 「その……ジョセフ。あんたは……元の世界に、帰りたい?」 「帰りたくないって言ったらウソになりますわい。向こうに家族を残してますからの」 静かに問いかけてくる言葉に、ジョセフは嘘を並べる事を選ばなかった。 「……そう」 ルイズの返事が寂しさを隠さなかったことは、誰が聞いても明らかだった。 「……私も、出来る限り……ジョセフが元の世界に帰る手段を探してみる、わ」 それだけ言って、会場に戻ろうとするルイズの手を、ジョセフがそっと掴んで止めた。 「待って下され、ご主人様や。帰りたいと言うのはウソじゃありませんがの。可愛いご主人様に仕えるのが幸せだというのも、ウソじゃないんですぞ」 「……ウソ」 「じゃからウソじゃないんじゃって」 いつものように頭をわしゃわしゃと撫でようとして、美しくセットされた髪を崩すわけにはいくまい、と、代わりに柔らかな頬を撫でた。 「もし帰る術があるなら、わしはきっと元の世界に帰りますがの。帰る事が出来ないなら、ワガママじゃが可愛らしい主人の側で生きるのも悪くはないだろうというのも、これまたわしの偽らざる気持ちでもあるんですじゃ」 「……だったら、どうせならウソでも、『帰る気はないです』って言ってよ。……なんだか、悲しい気持ちになるわ」 見て判るほどに潤んだ瞳で自分を見上げるルイズを、ジョセフは静かな笑みと共に見下ろした。 「敬愛する主人じゃから、ウソはつきたくないという気持ちだってあるんじゃよ。特に、最初のうちはウソの吐き通しだったからな」 「……いい年してっ。ウソも方便、って言葉も知らないのかしら。時と場合を考えなさいよ」 憎まれ口を叩きはするものの、頬に当てられた手を振り解こうともせず、ただされるがままになっていた。 ふと沈黙が訪れたが、僅かな間を置いて会場のオーケストラが音楽を奏で始めた。 「……ね、ジョセフ。ダンスは、出来るの?」 唐突な問いだったが、ジョセフは緩い笑みと共に言葉を返す。 「ダンスも小さい頃に仕込まれとるし、ニューヨークでもたまにダンスパーティーにお呼ばれされるがの」 「使い魔のくせに、ダンスまで出来るだなんて。ナマイキだわ」 そう言って、そっと手を捧げた。 「せっかくだから、踊ってあげてもよくってよ」 ジョセフは捧げられた手を取り、恭しく手の甲にキスをした。 「うむ、喜んで」 「ダンスの誘いをお受け下さり、光栄ですわ。――『ジョジョ』」 主人の口から零れた呼び名に、少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みに変わる。 「……あによ。友人には、ジョジョって呼ばれてるんでしょ」 「ああ、その通り。友人にはジョジョと呼ばれておる」 ぷ、と頬を膨らませるルイズと、笑みを噛み殺すのに必死なジョセフ。 そのまま二人は会場の中央に向かった。 主人と使い魔が、手を繋いでダンスを踊ろうとする。 言葉だけで考えれば、非常に奇妙な光景である。 だが二人は、周囲からの奇異の視線に頓着する素振りさえ見せず、手を取り合った。 「おでれーた。主人と使い魔が、ダンスをするだなんてな。6000年生きてきたが初めて見ちまうぜ」 壁に立てかけられているデルフリンガーは、楽しげに鞘口を鳴らしていた。 To Be Contined →
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アルビオンから帰還しての最初の朝、教室にやってきたルイズとジョセフをクラスメイト達が一斉に取り囲んだ。スキャンダルに目敏い生徒達の間では、ルイズ達が学院を留守にしている間にまた何か手柄を立ててきたという噂で持ち切りだった。 ルイズ達が出立する朝に魔法衛士隊の隊員と一緒にいた所を目撃したのはキュルケだけではなく、数人いただけだった。が、それでも噂好きな生徒達に数日の時間があれば、話が尾びれをつけて大きな噂になってしまうのはある意味自然とも言える。 ルイズ達と共に学院を留守にしていたキュルケ達に話を聞こうと試みたようだが、そもそも喋らないタバサ、軽薄な態度なのに実際は余計な事はぺらぺら喋らないキュルケはともかく、人から注目されるのが何より大好きなギーシュでさえ何があったかを語らなかった。 これ以上粘っても無駄だと判断した生徒達は、朝食の場にも現れず、最後に教室へやってきたルイズを取り囲んだが、当のルイズは素っ気無くジョセフに視線をやった。 「それについては、私が説明するよりジョセフが説明した方が判り易いでしょ?」 そう言いながら、自分は生徒達の壁を掻き分けて席に付いてしまう。 確かに同じ内容の話を聞くなら、話術に長けているジョセフに聞いた方がよっぽど楽しめると判断した生徒達は一斉にジョセフの元へと集まってきた。 「――で、ジョジョ。貴方達、授業を休んでどこに行っていたのかしら? 私達に説明してちょうだい」 腕を組んで優雅に問いかけたのは、香水のモンモランシーだった。 ギーシュとの仲を取り持たれ、早いうちに赤い洗面器の会の一員になったモンモランシーだが、それでも平民と貴族との身分の差を忘れない鷹揚な態度で言葉を掛ける。他の生徒達も、「そうだそうだ! 早く聞かせろ!」と調子を合わせている。 だがジョセフの目には、偉そうな態度を崩していない生徒達は、餌を待って大きく開けた口からぴよぴよ鳴き声上げている姿と変わりなく見えていた。 「ん~~~~、どうしよっかのォー。そんなに聞きたいんか?」 「勿体ぶるなよジョジョ! 早くしないと先生が来ちゃうじゃないか!」 「そうよ、もっと早く来てくれれば良かったのに!」 そろそろ教師が来る時間だと判っていてわざと焦らすジョセフに、生徒達は焦って話を促す。 口を尖らせながらも期待に満ちた純真な目でジョセフを見つめる生徒達の背に視線をやり、ギーシュはチェッと舌打ちした。 「あーあ、本当なら僕がみんなの注目を受ける手筈だったのに」 取り囲まれてちやほやされたりされるのが大好きなのもあるが、愛しのモンモランシーまでジョセフの話を聞く為早足になっていた事もギーシュの心を少しばかり傷付けた。 ウェールズの居室で朝食を取っている際、ジョセフは、魔法衛士隊に裏切り者がいたり亡国の王子を匿う事になった今、噂好きの生徒達に対して下手に全員で黙り込むよりはそれっぽい作り話を聞かせて満足させてしまおうという提案をした。 それに対してルイズは、パンを一口大に千切りながら興味なさげに言った。 「そんなの、何も言わなければどうせ諦めるわよ。そんな事しなくたって別の面白そうな事があればそっちに興味が行くんだから」 しかしキュルケは、エビのソテーをフォークで切り分けながら笑う。 「あら、何も言わない方が却ってみんなの興味を集めてしまうんじゃない? こういうものはね、隠されると逆に聞きたくなるものなのよ。特に噂話の大好きなトリステインの貴族はね」 「ツェルプストー!」 早速声を張り上げたルイズに微苦笑を浮かべながらも、ウェールズはスープを一匙飲み下し、ふむと頷いた。 「いや、ミス・ツェルプストーの言う事ももっともだよ。私と言う厄介事を抱えている以上、僅かな綻びが大きな災いを呼ばないとも限らない。私はミスタ・ジョースターのアイディアが最良だと考える」 「う……皇太子様がそう仰るのなら……」 今にもキュルケに噛み付こうとしていたルイズも、ウェールズの穏やかな言葉に渋々矛を収めた。 「それならば他の誰でもない僕の出番だね! ああ、待っていてくれたまえ僕の可愛い子猫ちゃん達!」 「あんまりムチャな話だと誰も信じんし、ある程度は本当っぽいコトを混ぜておかんとな」 薔薇を口にくわえてクネクネするギーシュを完全無視して、ジョセフ達は作り話の内容を決めに掛かる。全員が少し考えた後、口火を切ったのはルイズだった。 「ええと、じゃあオスマン氏に頼まれて王宮へお使いに行ったって言うのはどうかしら」 「それじゃご期待に添えないわねぇ。それだけの為に魔法衛士隊の隊長様が一緒に行くとか大袈裟すぎない? 曲がりなりにもスクウェアメイジだったんだから」 「あー、んじゃ王女様の独断で吸血鬼討伐の命令受けたっつーんはどうじゃ」 「げふっ」 話に参加せず黙々と六人分のはしばみ草サラダを食べていたタバサが、突然むせた。 「あらどうしたのタバサ、慌てなくても誰もはしばみ草なんか食べないわよ」 「……問題ない」 ハンカチで口元を拭きつつ、再びサラダに取り掛かる。 「でも親愛なる級友の皆様は、ゼロのルイズが吸血鬼を倒したなんて話を信じるかしら」 「ゼロって言うな!」 「んじゃこうするか。姫様が行幸されてる間に、途中の村から『村人が次々と姿を消している、もしかしたら吸血鬼かもしれません』という訴えを聞いたことにしよう。じゃが行幸の最中じゃから今すぐ動けるのが御付の魔法衛士と、昔の友人だけだった。 で、吸血鬼かと思って調べてみたら実は吸血鬼を騙った人攫いの山賊じゃったと」 「げほっ! げほ、かはっ!」 またむせたタバサの背を、キュルケがぽんぽんと叩いてやる。 「どうしたのよタバサ。もしかしてドレッシングの酢が効き過ぎてる?」 「何もない……気にしないで」 事ここに至り、タバサは休みなく動いていたフォークとナイフを一旦止める。 もしかしたらジョセフは、何か突き止めているのではないかと言う疑念がタバサの中に芽生えた。読心能力のあるハーミットパープルでついうっかり自分の事情を知ってしまう可能性もないとは言い切れない。 結果から言えば、タバサが食事を中断したのは正解だった。 ジョセフがゲラゲラ笑いながら提案した作り話は、その山賊の一人が昔ルイズの屋敷で働いていた使用人だったり、山賊をひっ捕らえたのはいいがその裏にミノタウルスがいたり。 そうかと思えば事件の真の黒幕は村に隠れ住んでいた年端も行かない子供が吸血鬼でした、などなど。 ルイズはあまりにも突拍子もなく脱線したジョセフの作り話に呆れていた。 「そこまで行くと明らかにウソですって言ってるようなものじゃない。そりゃ吸血鬼もミノタウルスもいないことはないけど、そこかしこにホイホイいるものじゃないんだから」 キュルケはお腹を抱えてテーブルをバンバンと叩いていた。 「もうダーリン最高、ホラ話もそこまでいくともう笑うしかないじゃない!」 ウェールズはキュルケのようにオーバーアクションで笑うことはないものの、食後の紅茶を飲みながら、ほっといたらどこまでも脱線し続けるジョセフのホラを優雅に笑って聞いていた。 ギーシュはさっきからずっと「さあ子猫ちゃん達! もっと僕をッ! 隅々まで舐めるように僕を見てッ!!」と想像の大観衆の視線を一手に集めてくねくねくねくねしていたが、そんな明るい部屋の中で一人、タバサは背中にゴゴゴゴと奇妙な効果音を発生させていた。 (どこまでッ! どこまで知っているッ!?) タバサの裏の事情を知らない無関係の人間が、そこまでピンポイントに狙った冗談を連発出来るはずがないのだが、ジョセフはこれっぽっちもタバサの事情なんか知らなかった。 十二匹のサルにタイプライターをタイプさせ続けたら宇宙の終焉までにはシェイクスピア全集が書き上がる、という話もあるが、ジョセフは早々とタバサの冒険を上梓していた。 普段通りの無表情の仮面の下、ジョセフへのこれからの対処法と、(彼なら本当に知っていたとしたらこんな無用心に情報を明かすとは考えられない……!)という思考のせめぎ合いに翻弄されていることなど、流石のキュルケでも察することは出来ない。 愉快なジョセフの漫談も、授業の時間が近付いてきてしまってはいいところでケリをつけなければならない。 結果、「吸血鬼が出たと訴えてきた村へ至急魔法衛士と友人を派遣したら、実際は人攫いの山賊がいただけで特に問題なく山賊を討伐して帰ってきた」という無難な話で収まった。 実際の旅でも、山賊ではないがラ・ロシェールの傭兵を撃破した実績はあるのであまり外れた嘘でもない。 この件は全てジョセフが説明する、という事に約一名を除いて全員の同意を得た上で、アルビオン行のメンバーが教室に向かい、現在に至るという訳だった。 ジョセフが語って聞かせるちょっとした冒険譚は、クラスメイト達の中で増幅された噂話が築き上げた大手柄に比べたらとてもささやかなものだが、ジョセフがちょくちょく織り交ぜる大嘘の痛快さが彼らの不満を解消する役目を果たしていた。 「じゃがわしの手札はブタ! 向こうはそれが判っているはずなのにわしが次々と積み上げる金貨の山に恐れを為して滝のように汗を流すわ椅子から転げ落ちるわ失神するわ!」 朝食の席ではなかった新たな展開が繰り広げられている真っ最中の人だかりを、なおも未練がましそうに見つめているギーシュ。 いつも通り本を読んでいる振りをしながらも、横目の視線が油断なくジョセフを捕らえているタバサ。 そしてもう一人。人だかりとジョセフに落ち着きなく視線を走らせながらイライラと親指の爪を噛んでいるルイズがいた。 (何よ何よっ! だらしなくデレデレしちゃって!) いつも放課後にしているように、クラスメイト達に笑い話を聞かせているだけの姿が、どうしても今日のルイズには若い少女達に囲まれて喜んでいる様にしか見えない。当然、少女だけでなく少年もいるが、流石に少年達へは嫉妬を向ける事まではなかった。 (ジョセフは私の使い魔なのよ! ほらもうそろそろ授業じゃない、早く返しなさいよ!) 自分の使い魔を大切にするのは半ばメイジの義務のようなものだが、それを考慮に入れてもルイズの嫉妬っぷりは大したものである。 教室の騒ぎには頓着することもなく化粧を直しているキュルケは、禍々しいオーラを立ち上らせているルイズを一瞥してはぁと溜息をついた。 結局盗賊を捕まえたが、しかし事件解決の為に火竜山脈へ極楽鳥の卵を取りに行かなければならなくなったところで話は終わった。ミスタ・コルベールがやってきたからだ。 それぞれ席に戻る生徒達と同じように、ジョセフもルイズの隣の席に戻ってくる。 やっと自分の側に戻ってきた使い魔の暢気な横顔に怒りが込み上げてくるものの、それをぐっと飲み込んでギギギと視線を前にやった。 さてコルベールの授業だが、今日は何やら奇妙な物体をレビテーションで運んできたのを見た生徒達は各々「ああ、今日は休講か」と判断する。 彼は生徒の教育に冷淡というわけではなく、むしろ情熱を持った部類の教師ではあるのだが、それ以上に自分の研究に対して非常な情熱を傾けている。 結果、自分の授業の時間をちょくちょく研究の成果を披露する場にしてしまうことは珍しいことではなく、私語にかまける生徒達をほったらかしにしたまま自信たっぷりに高説を繰り広げる光景が展開されるのだ。 今日も今日とて金属の筒やパイプやふいごなんかが組み合わさった装置を見たルイズは、授業時間が無駄になることを悟りつつも、とりあえずはコルベールの説明を聞く事にした。 コルベールが滔々と語る言葉によれば、火の系統は破壊だけではなくもっと別の使い様があるはずだと言う。メイジが自分の得意とする系統を殊更に褒め称えるのは珍しいことでもないし、現にコルベールも炎蛇の異名を持つ火のトライアングルメイジである。 しかし彼は他の火系統のメイジとは違い、火の魔術の本領とも言える破壊に関してはあまり重要視していない節が見られた。むしろ他の系統と比較するとやや劣る応用性を火の魔術に求めようとしていたのだった。 そのせいか、他の火系統のメイジからは多少なりとも軽んじられている。同じく火系統のトライアングルメイジのキュルケは、コルベールの授業を頭から聞くつもりがなかったりもする。 油と火の魔法を用いて動力を得ると自信満々に発明した装置を披露したコルベールだったが、如何せんその装置が何をやるかと言えば、装置の中からヘビの人形が出たり入ったりするだけだった。 呆れた顔をしながらも一応は最後まで付き合う生徒の人数も最近では減少の一途を辿っており、最近では大体の生徒がさっさと見切りを付けて近くの生徒達と実りある私語に没頭している。 コルベールが自慢の発明品を披露した際の日常的な反応だが、当のコルベールは何度も繰り返された状況に悲しげに眉を寄せながらも、それでも懸命に説明をする。 それに反応する生徒は更におらず、反応があったとしても「そんな装置使わなくても魔法使えばいいじゃない」という……ハルケギニアでは至極真っ当な返事だった。 勉強が嫌いではないルイズとしては、こんな益体もない講釈を語られる暇があったらもっと魔法の勉強をしたいというのが本音である。 せっかくの授業時間が無駄になった、と頬杖付いて溜息をつこうとした瞬間、横から大きな拍手が聞こえた。 不意の拍手に驚いてそちらを見れば、ジョセフが立ち上がって拍手をしている……つまりスタンディングオベーションの形を取っていた。 「ブラボー!! おお……ブラボー!! 素晴らしいッ、それこそ正に『エンジン』ッ!」 教室中の視線を再び一手に集めながらも、ジョセフは心からの賛美を惜しまず手を打ち続けていた。 「えんじん? ええと……君はどなたかね?」 突然浴びせられる賛美の声に、コルベールも虚を突かれてジョセフを見た。 「おっと、わしの名はジョセフ・ジョースター! そんなことよりそいつぁエンジンじゃ、もわしのいた国では、そいつを使ってミスタ・コルベールが説明した通りのことをしとるんじゃ。いや、それにしても素晴らしい!」 「ちょっとジョセフ! いきなり何目立つようなことしてるのよ!」 ルイズが慌ててジョセフのシャツの裾を掴んで座るように手を引いたものの、思いがけないものを目撃して興奮したジョセフはビクともしない。 「ミスタ・コルベール! そいつはアンタが一から作ったんですかな!? もし良ければそいつについてもっと話をしたいんじゃが!」 それどころかルイズに裾を掴まれていたことさえ気付かず、そのまま主人の手を離れて教壇のコルベールへと早足で近付いていき、そこから装置の成り立ちや仕組みについて生徒達を完全に放置してハゲとジジイだけが大盛り上がりする、奇妙な光景を展開させる。 さっきまで興味なさげに聞いていた生徒達も、「おい、ジョジョがあれだけ食いつくってことはあの装置はすごいものなんじゃないか?」と、先程とは違う食い付き方を見せて周囲のクラスメイト達と盛り上がり始めていた。 だがルイズは一人、ついさっきまでシャツの裾を掴んでいた手をじっと見つめた後、周囲の盛り上がりをよそに机に突っ伏して目を閉じ、考えるのを止めた。 結局授業時間が終わるまでジョセフとコルベールの会話は続き、今日一日の授業を自習にしてジョセフを自分の研究室へ招待する事を提案されたジョセフがそれを快諾した所で、ルイズはむくりと身を起こし、少しばかり怒りを込めてジョセフを見やる。 主人が自分をじとりとした視線で見つめているのも気にすることなく、あっけらかんとした声を掛けた。 「おうルイズ、わし今からコルベールセンセんトコに行くことになったんじゃが来るか?」 「………………ええ、ご一緒させて頂きますわ、ミスタ・コルベール」 今にも口から飛び出しそうになった怒りをしっかり飲み込んで、精一杯の儀礼的笑顔を貼り付けて、嫌味たっぷりの挨拶を引き攣りながらも言い切った。 「おおそうかね、ミス・ヴァリエール! 是非来てくれたまえ、ミスタ・ジョースター! 見学は大歓迎だよ!」 「よしよし、んじゃあそうなったら善は急げじゃな!」 しかしハゲとジジイは少女の刺々しい皮肉を察するどころか完全に気付く気配もなく。大張り切りでこれからの予定を決定してしまう。 そのまま三人は本塔と火の塔の間にあるコルベールの研究室へ向かった。 「さあここが私の研究室だ。初めは自分の居室で研究をしていたのだがね、研究には騒音と異臭は付き物でね。隣の部屋の連中から苦情を頂いてしまった」 「ふうむ、実に趣のある研究室じゃなあ」 ジョセフが感心したように言うが、虫の居所が悪すぎるルイズはもっと率直な意見を言い放った。 「ただのボロい掘っ立て小屋じゃない」 研究室という言葉をこの掘っ立て小屋に適用するなら、その辺りの物置も研究室になりかねない。 「いやいやルイズ、実に悪くない。このハルケギニアであんなエンジンを一人で一から作るような研究者の拠点としちゃー実に上出来じゃぞ?」 コルベールが開けたドアから三人が小屋に入るが、途端に匂った異臭にルイズは眉間の皺を更に深めて後ずさって鼻をつまんだ。 「な、なによこの臭い!」 「なあに、臭いはすぐに慣れるものだよ」 小屋の中は棚や机の上に所狭しと並ぶ薬品のビンや試験管に雑多な研究器具があり、壁一面の本棚にこれでもかと本が詰め込まれ、その他にも天体儀や様々な地図、オリの中にヘビやトカゲに奇妙な鳥と、ガラクタと紙一重な混沌とした物品で溢れていた。 それに埃やカビが混ざり合って、貴族育ちのルイズがついぞ嗅いだ事のない悪臭が醸し出される。ルイズは室内に入ろうともせず、外から抗議の声を上げた。 「レディにこんな鼻が曲がりそうな臭いの中に入れと仰るんですか、ミスタ!」 ルイズも目上の人間への礼儀を十分身に付けている。普段ならもう少し穏便な抗議をしていただろうが、コルベールは気分を害した様子もなく苦笑して肩を竦めた。 「ご覧の通り、御婦人方にはこの臭いは非常に不評でね。見ての通り、私は独身である」 「はは、まーしょうがなかろうな。主人にこの匂いは刺激的過ぎるようじゃな、一味違うというヤツじゃからのう」 ジョセフもコルベールと会話を続けるうちにいつの間にかタメ口を利いていたが、コルベールは平民の無礼な態度を気にする様子を見せない。研究の理解者が突然現れた喜びの他にも、そもそも身分の差を気にも留めていないようだった。 「まー、あんな見事なものを見せてもらったんじゃ。まだまだ改良の余地はあり放題じゃが、一人でエンジンを作った栄えある技術者じゃからな。そういう人には、わしとしても協力をしたいとは思うんじゃよ」 そう言った瞬間、ジョセフは手袋を脱ぐとかちゃりと左腕を外す。 「ちょ!? いきなり何してんのよ!?」 外から中の様子だけは伺っていたルイズが驚きの声を上げるが、ジョセフは取り外した義手をぶらぶらと揺らして見せた。 「いやー、ここに来てからコイツのメンテナンスをちっともしてなかったんでな、ちょいとキリキリ言い出してきたんじゃよなァー。まあコルベールセンセは最初にわしの左手見とるし、エンジン組める実力があるならちょいとメンテも頼めるかのうと」 そしてルイズからコルベールに視線を戻し、コルベールに義手を差し出す。 「わしのいた国でも最高級の義手じゃ。コイツの仕組みは次のエンジンを設計する時には大いに参考になるじゃろうからな。そうそう、あんまりバラしすぎて元に戻せませんでしたッつーのはカンベンしてくれよ?」 ぱちり、とウィンクしてみせるジョセフから、コルベールは興味津々な様子で義手を受け取った。甲に浮かんでいたルーンを見て、やっとコルベールはジョセフが伝説の使い魔ガンダールヴだということを思い出した。 「ほう、これは……まるで彫刻のような造形だな。どれ、少し分解して仕組みを確認させてもらおう」 床に置かれていた工具箱から幾つか工具を取り出して、机の上に置いた義手の分解に取り掛かるコルベール。作業に入ってさしたる時間も置かず、コルベールの顔を驚きが占めた。 「これは……何という事だ! まさかとは思うが、これの動作に魔法は一切使われていないのかね!?」 「おうともさ、わしの懇意にしてる技術者の汗と涙の結晶じゃ」 スピードワゴン財団謹製の義手は、地球でもオーパーツ並の完成度を誇る代物である。金属質な外見も手袋を被せてしまえば、生身の手と同じように日常を送ることが出来る。 かつてルーンを確認した時は、義手が稼動する所も見ていなかったが、こうして中身を見ればこれがとてつもない技術で作られている事がすぐに理解できた。 「ふむ、様々なパーツを組み合わせることによってこんなに自然な動作で人間の手を再現するとは……。すごいな、君の国ではこんな技術が普通にあるのか。一体どこの国の生まれかね」 コルベールの問い掛けに、外から中の様子を伺い続けているルイズの顔色が変わる。 「え、ええとミスタ・コルベール! 彼はその、ええと、東方のロバ・アル・カリイエから召喚されたんです!」 「なんと! あのエルフ達の住まう地の遥か向こうの国からかね! 召喚されて来ているのだから、エルフの地を通らずともここにやってこれた訳か……なるほど、東方の地では学問、研究が盛んだと聞いた。かの国はこんなに技術が進歩していたのか」 咄嗟にルイズが言い繕った言葉に納得したコルベールに、ジョセフが続けて言った。 「ああ、実はわしこっちの世界の住人じゃないんじゃよ」 ルイズとコルベールの動きが、時を止められたように止まった。 「何と言ったね?」 「あ、ああああ、あんた何を言って……!」 豆鉄砲を食らったような顔をするコルベールと、狼狽するルイズに構わずジョセフは言葉を続けていく。 「ハルケギニアとは違う別の世界から主人に召喚されてこっちに来たんじゃ。この前フーケのゴーレムブッちめた破壊の杖も、そもそもわしの世界の代物なんじゃよ」 あっさりと自分の素性をバラした使い魔に駆け寄ると、ルイズは渾身のチョップ……いや、貫手と称していい一撃を脇腹目掛けて打ち込んだ。 「ぐはっ!?」 「こ、こ、こ、このボケ犬うううううううううう!! 何ご主人様がかばってあげてるのに自分からいきなりバラしちゃうのよ!?」 はーはーと息を荒げてピンクの髪から湯気を立ち上らせるルイズに、ジョセフは脇腹擦って口を尖らせた。 「んなコト言われてもルイズよォー、いくらロバ・アル・カリイエとやらがこっちじゃ未知の国じゃっつってもそんな取って付けたウソなんかすぐバレちまうぞ。そんなモン、わしがこの義手を渡して分解させるって時点で自分の素性くらいバラすつもりじゃったしよ」 そこからきゃんきゃんわめく主人を適当に宥めているジョセフを、コルベールはまじまじと見つめてから「なるほど」と、納得したように頷いた。 「おやセンセ、思ったより驚かんな」 「そう見えているかね? だが確かにそうだ、君がミス・ヴァリエールの使い魔になってからの言動や行動を鑑みるに、ハルケギニアの常識の範疇を越えた所に君は存在している。そうか、それならぱ合点がいく。そうかそうか……これは面白い」 「ふーむ。まあ一人でエンジン作っちまうのもそうじゃが、センセも大概こっちの世界の常識を踏み越えとるタイプじゃないかのォ」 「ははは、常々そう言われるよ。そのせいで齢四十を越えても嫁の一人すら来ない。だが、このコルベールには信念があるッ!」 「信念かね」 「そうだ。この世界の貴族は魔法をただの道具……せいぜいが使い勝手のいい箒程度にしか考えていない。だが私はこう思うのだ、魔法は多様な可能性を秘めている。伝統や格式に捕われていては見えない、光り輝く黄金のような価値が魔法には存在する!」 力強く言い切るコルベールに、ジョセフもまた感じ入って頷いた。 「その通りじゃよセンセッ! わしの世界でも人間は長い年月をかけてコツコツと進歩してきた! その中で世界を進歩させてきた先駆者は、周りから笑われ理解されずとも自分の信じる道を歩んできたものじゃからなッ!」 「そうか、そうやって進歩した技術の結晶がこの義手という訳か! 正直に告白しよう、私は自分の研究が果たして何処に繋がるのかと不安になったこともある! だが君の話を聞いて、私の信念が間違っていないことを知ったッ! ふむ、異世界か……ハルケギニアの理だけが全ての理ではないということか! なんという面白さ、なんという興味深さ! 私はそれをもっと見たい、もっと知りたいッ! 見知らぬ世界で作り上げられた技術にハルケギニアの魔法を加えれば、まだ見ぬ新たな技術が生まれるだろう! 私の魔法の研究に、新たな一ページが書き加えられることだろう! だからミスタ・ジョースター、困ったことがあったら何でも私に相談してくれたまえ! この炎蛇のコルベール、いつでも力になろう!」 二人だけで大盛り上がりするハゲとジジイを眺めていたルイズは、やがて諦めの溜息を深々と吐いた。 男と言うものは群がると時々理解できない話題で自分達の世界を作ってしまう。いつぞやギーシュとヌーベル・ワルキューレを作る相談をしていた時にも似たような光景を見た記憶があった。 ルイズはこれ以上の干渉を断念して、黙って学生の本分に戻ることにした。 昼食時、ウェールズの居室へ昼食を取りに来たジョセフがキリキリしなくなった義手を嬉しそうに見せびらかすのにも、ルイズはただ大きな溜息だけで答えたのだった。 To Be Contined →